閑話 秘めた想い
閑話を挟みます。
死霊王によってヨハンが斬られた瞬間、ゴブリンキングのボスと、シェーラだけがその光景を見ていた。ボスはヨハンを追って河に飛び込み、ゴブリンたちもそのあとに続く。
急な流れの河に飛び込んで助かるかはわからない。だが、シェーラもボスと同じ気持ちだった。ヨハンを探すことに躊躇いはなかった。
シーラ仕込みの霧を発生させて、帝国軍の中に紛れ込む。その際に自身の顔を少しいじり男性に見えるように変装もした。
「へっ、王国軍なんて大したことねぇじゃねぇか」
一人の帝国軍の言葉にシェーラは怒りを覚えたが、不意打ちに近い形でヨハンを攻撃したくせに、お前たちのどこに正義がある。
シェーラは怒りを抑えながら、それでも帝国兵たちの中を走り抜けた。五十万もの兵がいるのだ。シェーラ一人が混じってもばれることはないが、できるだけ見つかりにくいようにしておきたい。
「相手の大将を倒したし、これで戦争も終わりかな?」
「バカ、あれは王国の中でも三番目、一番は英雄ランスだろ?」
「そうか?でも、軍の指揮をしているのは今日倒したやつだろ?」
「まぁそうかもな。でも、英雄ランスがいる間は終わらんだろ」
「はぁ~早く戦いが終わればいいのに」
「天帝様が生きておられるうちは無理だろ。帝国は世界を統一するまで戦いをやめないらしいからな」
「はぁ~どうして俺は帝国に生まれたんだろうな。片田舎に生まれてたなら、戦争とは無縁でいられたのかな?」
「どうだろうな?結局天帝様に滅ぼされるかもしれないぞ」
「それは勘弁、やっぱり帝国最高か」
兵士たちの会話を聞きながら、シェーラは戦争が早く終わればいいと思った。そんな会話を聞きながら、日が沈むのを待ち、暗闇と共に帝国兵たちの中から抜け出した。河を下流に向かえばもしかしたら、ゴブリンたちがヨハンを救い出しているかもしれない。淡い期待だと思いながらも、シェーラは動かずにはいられなかった。
二日ほど河の水を飲み、森の木の実を食べてヨハン探索を続けた。ヨハンを追いかけたゴブリン一匹も見つけられずに、シェーラが絶望を味わい始めていると、フィッシャー族の集落が見えた。
彼らも帝国に属しているが、ヨハンとの戦いで巨大イカであるクラーケンを失い。シャークと呼ばれる魚人がヨハンのまで膝をついた。
もしかしたら、そこにヨハンがいるかもしれない。願望に近い形でシェーラはフィッシャー族の集落の中に入っていった。
帝国兵の鎧を着た青年が入ってきて、フィッシャー族は遠巻きにシェーラを観察している。そのなかで一際大きな体をしたフィッシャー族の男がシェーラの前に立ちはだかった。
「帝国兵がなんのようだ?税はすでに収めた。徴収された食べ物ももうないぞ」
男の威圧にシェーラは自身が帝国兵の格好をしていることを思い出し、兜を脱ぐ。
「私はエルフ族のシェーラです。ここにヨハン・ガルガンディア様はおられませんか?」
見え麗しく成長したエルフのシェーラは、魚人族が見ても美しい造形をしている。そんなシェーラがやつれ、必死になってヨハンを探している姿は、なんとも儚い印象を受けることだろう。
「エルフか……貴殿にとってヨハン・ガルガンティアとはどういう人物だ?」
「生涯お仕えするに値する人物です」
この身、この心、すべてヨハンに捧げている。シェーラは強い眼差しで男を見た。
「そうか、ならば問題なかろう」
シェーラの言葉に魚人はふっと笑い、シェーラについてくるように促した。魚人族の男に案内されてきたのは浜辺だった。シェーラは初めて見る光景に唖然とした。
「大きな湖ですね」
「エルフの嬢ちゃんは知らないのか?こいつは海っていうんだぜ。ちょっと舐めてみな」
魚人族に促されて水を飲んだ。
「ゲホッ辛い!」
「あははははは。おう、こいつは海水って言ってな、水の中に塩分が含まれてるのよ。湖や川ならこんなことはねぇだろ?」
「ええ、びっくりしました」
「そうか?でもアイツは驚かなかったぜ」
アイツと指さされれば、そこにはヨハンがいた。ずっと探し求めた人がそこにいる。何やら数人の魚人たちを指示して網を引き揚げる逞しい海の男がいた。
「よーし、大量に取れたな」
ヨハンの声に魚人たちが座り込む。相当に大変な作業をしているようで、全員グッタリしている。
「力仕事は以上だが、まだまだやることはあるぞ」
座り込んだ魚人族に発破をかけている人物こそヨハンその人なのだ。ヨハンの指示で、取れた魚を洗って開き天日干しにしていく。海藻類は綺麗に洗われて種類に分けられていった。
「あれは?」
「おう、なんだろうな?」
シェーラの質問に連れてきてくれた男も苦笑いを浮かべる。
「フィッシャー族は多種族との交流をあまり好まないんだ。だけど、あいつはフィッシャー族の現状を見て、もったいないとか言い出してさ。最初はゴブリンたちの引き連れてやってたんだが、だんだんアイツを手伝うやつが増えて、今じゃあゴブリンたちは裏方で、俺たちの方がメインでアイツの手伝いをしているよ」
男の説明にシェーラは唖然としつつ、それでもヨハンらしいと思った。シェーラもフィッシャー族の集落は見てきた。お世辞にも豪華とは言えない。質素な作りのものばかりなのだ。
だけど、ヨハンの周りには活気に溢れている。魚人族も、ゴブリンも、人も関係なく笑い合い作業をしていた。
「あの人らしいですね」
「あんたはアイツの味方か?」
「間違いなく」
シェーラは迷うことなく男の言葉に対して即答した。
「ふっ、罪におけねぇな」
「そんなんじゃないです。でも、あの人が求めるなら……」
シェーラの眼差しに男は頭を掻いて、それ以上言葉をかけることはなかった。
ヨハンを見つけシェーラは、これからのことを問うた。それに対して、ヨハンはシェーラに一言告げた。
「もう終わってるよ」
シェーラが、この意味を知るのはもう少し先になる。ただ、シェーラはどうしてヨハンが先を予見できたのかを、いつまでも知ることはない。
ヨハンはその後、フィッシャー族を従え、ゴブリン隊と共に帝国兵を襲撃した時、ヨハンの予言通り敵は降服した。
「どうしてわかったんですか?」
「わかったわけじゃないさ。ただ、ランスを信じていただけだよ」
一切の迷いがないヨハンの顔に、シェーラは少しばかりの嫉妬を覚えた。ランスのことを羨ましく思うとともに、自分にそれだけの思いをぶつけてほしいと思った。
シェーラはエルフとして、これから先長い年月を生きて行くことだろう。ただ幾年月が流れようと、ヨハン・ガルガンディアの一手一足を忘れたことはない。
シェーラ・シエラルクは生涯多くの恋をする。しかし、どの男性もどこか初めて愛した男性に似ていたと言われている。
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