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大橋の逃走戦

 ヨハンが死霊王によって河に落とされ、ゴブリンキングのボスが後を追いかけたころ、リンはオークキングの護衛の下、大橋を退却していた。

 敵の数はおよそ五十万、それを共和国領土に入れるわけにはいかない。リンは逃走しながら、ガルガンティアの将軍たちと、王国が誇るセリーヌとカンナの両将軍に援軍を求めた。


「これからどうされますか?」


 オークキングはリンの横に並び、逃走の指示を出している。フリードたちは援軍要請のため、この場にいない。残されているのは、オークキング率いるオークが数名と、リンが率いる第三軍の面々だ。数にして三万弱といったところになる。


「今は他の方が援軍にきていれるまでの時間を稼ぐしかありません。ヨハン様も同じように時間を稼いでくれていると思いますので」


 リンたちは逃走しているが、追いかけられているわけではない。ヨハンとゴブリン、さらにドラゴンたちが残って死霊王の軍を足止めしてくれているのだ。


「かしこまりました」


 オークキングはその巨体に似つかわしくない紳士である。それは、ヨハンの教育の賜物なのだが、リンとしてはどうもに慣れないと、いつも笑ってしまう。


「では、間所を抜けた先で陣を引きます。後退しながらの戦いになりますが、一日でも多くの時間を稼ぎますよ」


 リンは間所を抜けた先で、テントを張り、死霊軍の兵を待った。戦により疲弊していた兵士たちを休ませる意味も込められていたので、兵士たちは疲労からすぐに休息に入った。


「あなたは休まれないのですか?」


 橋の先を見つめるリンの下に、オークキングがやってきた。


「ええ、ヨハン様が戻ってこない不安もあります。なにより、いつ敵が来るかわかりませんから」

「そうですね。私もお付き合いします」

「あなたは最前線で指揮をとっていたでしょ?疲れていませんか?」

「正直体は疲れていると思います。ですが、心がどうにも休ませてくれんのです。戦いに身を投じて神経が昂っているのでしょう」


 オークキングは生まれて間もないが、それでもヨハンの下で多くを経験した。生まれつき強いスキルと類まれなる体格を授かったため、彼自身の資質とヨハンの教育により、凶暴性よりも理性が強くなっている。それでも、戦いに高揚する本来の凶暴性が彼を戦いに駆り立てるのだろう。


「そうですね。またヨハン様のご飯が食べたいですね」


 神経が昂るオークキングの緊張をほぐそうと、リンはヨハンの料理を思い出す。ガルガンティアにいるときは何度か食べたか、遠征続きでヨハンも忙しく料理から遠ざかっていた。


「はい。ヨハン様の作る料理は、他のどの料理人も思いつかない珍しいモノから、日常的な料理まで凄くおいしいです」


 オークキングもヨハンの料理を思い出して、涎を垂らしている。それから二人はヨハンの料理についてを熱く語りあった。


 ♢


 ヨハンが目を覚ますと、目の前に魚がいた。


「うわっ!」

「ギョッ!」


 ヨハンの驚きに反応して、魚も驚いたようだ。


「えっと……ここは?」

「気付かれましたかな?お客人」


 ヨハンが声のする方へ視線を向ければ、人の形をしているが、全身緑色の鱗をつけた半魚人が座っていた。口元には白い髭が生えており、半魚人が初老であることを示しているような気がした。


「ここはフィッシャー族の里でございます」

「フィッシャー族?」

「そうです。私はフィッシャー族の族長、バーゲンハイムです。そしてあなたの看病をしていた、女子がギョルコです」


 どうやら頭が魚のフィッシャー族は、女性だったらしい。体を見れば確かに人間の女性と変わらない。


「あなたは死霊王との戦いに敗れ、河に放りだされました。流れてきたあなたをガバメントが助けました」

「ガバメント?」


 ヨハンは現状を思い出し、出てきた名前に反応してしまう。ヨハンが呼んだからか、一人の男が部屋の中へ入ってきた。河童の姿をした男性は鋭い目つきでヨハンをにらみつけた。


「先に言っておきます。ガバメントはにらんでいるわけではありません。生まれつき目つきが悪いもので、にらんでいるように見えるだけなのです。根はやさしい子なのですよ」

「そうですか」


 ヨハンはもう一度ガバメントを見るが、やっぱりにらみつけられているような気がして、なんとなく居心地が悪くなる。 


「ご迷惑をおかけしてすみません」

「構いませね。お主がどういう立場で、どういう人なのかはわかっております。しかし、私らはあなたに見てほしかったのだ」

「見てほしかった?」

「あなたはシャークに王国が勝利した暁には、フィッシャー族の安心できる場所を作ると言ってくださったそうですね。そんなあなただからこそ見てほしいのです」


 バーゲンハイムに促されるようにヨハンは体を起こし、後に続いて歩き出した。フィッシャー里は帝国の支配下に置かれ、肩身の狭い思いをしているとヨハンは勝手に思っていた。


「どうですかな?」

「綺麗です」


 半分を河に、もう半分を陸に作られた綺麗な街並みが目の前に広がっている。


「そうでしょうそうでしょう。あなたにお伝えしておきたかったのです。決して帝国に与したからと言って、我々は虐げられてはいないとお伝えしたかった。他の種族もそうだと思います。元々亜種族たちは人族に虐げられてきた。しかし、帝国はそれらの悪を取り除き、亜種族が自ら歩める道を示してくれた」


 族長の言いたいことを、ヨハンは理解してしまっていた。帝国がうち滅ぼしたのは、他種を虐げていた国々で、そして虐げられていた国々は、帝国によって救済されていたのだ。だからこそ、シーラは八魔将として召し抱えられ、エルフやドワーフも、帝国の中で大切にされていた。 


「あなたも良き為政者かもしれません。ですが、あなたは国の主ではない。主ではないあなたの約束と、実際に我々を助けてくれた帝国、我々が味方するのはどちらか、あなたは理解できたのではないですか?」


 族長は、ヨハンの顔を見て、ヨハンが思ったことを理解していた。


「俺は……」


 ヨハンは何かを言おうとしたが、言葉が出てこなかった。


「あなたの仲間のゴブリンたちも助けています。全員助けることはできませんでしたが、できれば早くこの里から去っていただけることを切に願いします」


 ヨハンはこれまで多くの他種族を救った気になっていた。だが、蓋を開けてみれば帝国の方が何倍も多くの他種族を救っている。

 もちろん攻められた国々から見れば、帝国は悪であり、また他種族の者たちも、人は自分たちを虐げる者として、これまでの歴史で理解しているのだ。他種族からしても、帝国の考えを理解できるはずがない。だからこそ、逃げまどい、戦いを挑むのだ。


「なんのために俺は戦っているんだ」


 ヨハンはどちらが正しいのかわからなくっていた。自身の配下たちのことを考えるのであれば、帝国に与した方が幸せになれるのではないか?王国は他種族を奴隷として扱い、人として認めていない節がある。


「本当に天帝を討ってもいいのか?」


 ヨハンは空を見上げ、親友の顔を思い浮かべる。

いつも読んでいただきたいありがとうございます

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