防衛戦 反撃編
リンの胸に巨大なスピアーが突き刺さる。フリードは動くことができず、アンの矢は間に合わなかった。
「終わりである」
さらに深く胸を抉るためにスピアーが引き抜かれ、そして二度目のスピアーがリンの胸に到達する直前、リンの姿が消える。
「すまなかったな」
「ヨ、ハ、ン、さま」
リンは息も耐え耐えで自分を抱いている人物の名前を呼ぶ。
「本当にすまない。痛い思いをさせて」
ヨハンはエクストラルヒールを唱える。死んだ者以外の傷ならば、どんな傷でも治してしまう治癒魔法の最高位を使う。
「暖かい……」
「今は眠れ、後は俺が全部終わらせる」
リンの目を塞ぎ、唇を重ねる。
「待たせてすまないな」
「構わぬ。貴様の先ほどの動き、我と戦うに値する武を持っていると判断する」
「どうかな?ただ、お前を許せない気持ちはリンと同じだ」
「ふん。軟弱者の考えだな。まぁ、よい。我は帝国軍死霊王直属三死騎の一人 エンドール・スピアーである。小娘の首を取るのを待ってやったのだ。名乗るがよい」
「律儀なことだ。俺は王国軍総司令長官ヨハン・ガルガンディアだ」
「ほう~主がジャイアント殿を討ち、キルの小僧を負かした者か、噂は聴いておる」
エンドールは自分が倒すべき本命が来たことに楽しそうに笑っていた。
「噂ねぇ~そんなことはどうでもいいや。うちの嫁さんが世話になったな」
「ふむ。なるほど軟弱者の旦那であれば、たいして期待は持てなさそうだ」
「まぁ、あんたの期待なんてどうでもいいさ」
ヨハンはリンを寝かせて、フリードに預けた。アンには他の者を援護するように指示を出す。フリードは今まで見たことのない表情をしているヨハンに何も声をかけることができなかった。
「始めようか」
「いつでも来るがいい」
「なら遠慮なく」
ヨハンは一瞬でエンドールとの距離を詰める。紫電を発動しているわけではない。ただ、いつも以上にヨハンの動きが洗礼されていた。
「笑止」
エンドールは、スピアーを振ってヨハンを薙ぎ払う。しかし、ヨハンの姿はすでにそこにはない。ヨハンはエンドールの動きが止まっているように見えていた。
「遅いな」
手斧を持ったヨハンが、エンドールの肩を薙ぐ。
「グウゥ、すばしっこいだけか。ふん!」
エンドールが力を入れるとヨハンが付けた傷が筋肉によって塞がれる。
「貴様の軟弱な攻撃では、我に傷をつけることなど叶わぬ」
「そうかい」
ヨハンは手数を増やして、エンドールの体中に傷をつける。体中から血飛沫を上げる、エンドールはすぐに筋肉で傷を閉じる。
「無駄無駄無駄無駄」
「もう終わってるよ」
「何を言って……」
エンドールは膝を突いた。
「あんたはバカ正直に俺の攻撃を受け過ぎた」
「何を……した……?」
「あんたとマトモに戦う気なんてないさ。あんたはジャイアントほど脅威でもなければ、キルほど厄介でもない。シーラみたいに魔力が高いわけでも、黒騎士ほど狡猾でもない。お前ほど中途半端な奴はみたことがない。お前はただのザコだ」
ヨハンが手斧を選んだのは、リンが手斧で戦ったからだ。エンドールはリンたちとの戦いで自身の実力が圧倒的に上だと思っている。一撃目を受けても筋肉で守るだけ、そんなバカな相手にまともに戦う必要はない。
だからこそ、手斧に毒を塗り、簡単な傷をつけてやればいい。
「あんたはリンとフリードに負けたんだ」
二人が先に戦ってくれたからこそ、油断を誘うことができた。こんなにも簡単に倒すことができた。
「反撃に移るぞ。シェーラ、扉を開け」
モニター室にいるシェーラに指示を出して扉を開く。そこには、まだ五万近い兵がいるはずだ。
「放て!」
扉が開かれると同時に矢を放ち、矢の後ろから魔法を放つ。エンドールの勝利を疑っていない兵士たちは突然の攻撃に、成す術なく攻撃を受けることになった。
「第二弾、放て!」
敵が態勢を整える前に第二射が放たれる。ダンジョンの性質上、前にも後ろにも限られた人数しか並ぶことができない。第二射を放ったことで、敵は前方に進めなくなり、後退する兵士には鉄球の罠が発動する。
「お前たちはここで死ね」
ヨハンは扉の前に立ち、その表情は無表情だった。大切な者を傷つけられた、ヨハンは自分でも気づかないほど怒りに身を任せていた。魔法を振るい、敵を殲滅するために力を行使する。
「ヨハンさん、やめるっす」
そんなヨハンをフリードが止める。後ろから抱き留め、無我夢中で抑え込む。
「フリード、離せ!」
「離さないっす。こんなことしてもリンは喜ばないっす。リンは誰もよりも優しいから、敵にも優しいから、こんなこと望まないっす」
フリードの言葉に、ヨハンは魔法を放つ手を止める。
「お願いっす。やめるっす」
「フリード、もういい。もうわかった」
ヨハンはフリードの腕に手を添える。
「ありがとう。リンの治療をしよう」
ヨハンはエンドールに毒を使ったのも、怒りからだった。ヨハンはこの世界に来て、初めて怒りに身を任せた。それは大切な者を傷つけれたからであり、怒りは後味が悪いことを知る。
「キル、借りは返させてもらう」
ヨハンはすでに次の標的を見定めていた。
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