双高山の戦い 五日目
キル・クラウンの下へ、報告が届いたのは四日目の昼を過ぎたころだった。それはキル・クラウンには信じられない内容だった。
「どういうことだ?」
「はっ!昨日、敵本陣を占拠した三万の軍勢が全滅したと知らせが来ました」
「なっ!」
急ぎやってきた伝令の内容を聞いて、キルは我が耳を疑った。
「何が起きたんだ?」
キルは昨日の段階で王国本陣を占拠したと連絡を受けていた。しかし、今日になって三万いた兵が全滅したと言う報告を受けたのだ。
「夜襲を受けたと報告が入っています。さらに明け方近くで混乱しているうちに、追い打ちをかけられ」
「成す術なく全滅したと……ふざけているのか?」
「いえ、偵察から入った報告ですので、間違いないかと」
「くそっ!」
キル・クラウンは自身の失態に今更ながら気付いたのだ。
「俺はヨハン・ガルガンディアの掌の上で踊らされていたのか?」
数の上では、まだ帝国兵の方が有利である。だが、左右の小山を取られ、中央には得体の知れない部隊が動きを続けている。キルが逆転しようと思えば、ヨハンを打ち倒せばいいのだが、ヨハンの居場所が掴めていない。
「詰みか……」
キルは愚かではない。自分の負けを受け入れることができる。
「ただで負けるわけにはいかないな」
しかし、キルにも維持がある。負けを覚悟した上で、右の小山に目を向ける。現在わかっているのは右の小山にリン将軍がいるということだ。
ヨハン・ガルガンディアは討てなかったが、リン将軍を討てば、ヨハンへかなりの大打撃を与えられることが予想できる。
「全軍をもって右の小山に進軍を開始する」
分散してもやられるのであれば、最大勢力をもってリン将軍を討ちに行く。
「この城はどうされるのですか?」
「捨てる。即席の山城だ。捨てても問題ない」
副官を務める男の静止を振り切り、キルは全軍の進軍を命令した。もしも草原など相手が見えている戦いであれば、キルがとった全軍の総攻撃も有効な手段だといえたかもしれない。
ただ、山々が並ぶこの地では、中央の森以外に帝国兵六万が有効に活躍できる広い場所がない。
「かしこまりました。では、すぐにでも進軍の準備を」
キルの決断後、帝国兵が動き出すまでに一刻の時を要した。総攻撃ともなれば、それだけの用意が必要なのだ。三万の兵が全滅した報告が、昼過ぎだったこともあり、出撃できる準備が整ったのは日が陰り始める時刻だった。
「本当に行かれるのですね?」
「もちろんだ」
暗くなれば王国軍以外の脅威も顔を出す。整備されていない森なのだ。モンスターと言われる魔物たちが息を潜めてこちらをうかがっているだろう。
「承知しました」
副官も覚悟を決めて、進軍を開始する。山城を駆け下りながら配置されていた兵たちを吸収していく。キルを先頭に、6万強の軍勢となった帝国兵が山を下りて、右の小山に到着するまでに二刻は必要になる。
休むことなく右の小山に襲い掛かってもいいが、兵たちのことを考え、右の小山手前でキルは小休憩を入れた。
「今のうちに休むがいい。暗いうちに仕掛ける」
辺りは真っ暗闇となり、右の小山が掲げられる松明の明かりが帝国兵を照らしている。
「準備整っております」
副官の報告にキルは頷き、号令をかけようと手を上げる。
「うおっ!」「ぎゃっ!」「なんだ?うわっ!」
キルが号令をかけるよりも前に、兵士たちの中から悲鳴が聞こえ始めた。それは段々とキルの方へ向かってくる。
「なんだ?何が起きている?」
キルも悲鳴の多さに戸惑い、手を下してしまう。
「わかりません。あっ!モンスターです」
兵士たちを見ていれば、兵士たちとは別の影が暴れていた。
「なんだあれは?」
キルも影だけではモンスターの区別はできない。ただ、モンスターの襲撃を受けているなら、反撃すればいい。
「隊列を組め。モンスター如き帝国の敵ではない」
冷静になり、敵に当たればモンスターなど敵ではない。そう、モンスターは帝国兵の敵ではないのだ。本当の敵は松明の明かりの向こうにいる。
「来ましたね。矢を放て!木が邪魔するかもしれませんが、あれだけいるのです。数を撃てば当たります」
リンは義勇兵たちを二列の並べて矢を放った。一列目が終われば二列目、二列目が終わればまた一列目と、交互に打ち出される矢は、かなりの数になる。
「王国兵から攻撃です」
副官の言葉に、キルは奥歯を噛みしめる。どうしてここまで悉く失敗するのか、ヨハン・ガルガンディアの為人は調べたはずだ。用兵の仕方や性格、実践も見た。なのにどうしてここまで予想から外れる。
「モンスターを蹴散らして撤退する。向かうはハロルド砦だ」
「かしこまりました」
副官は若干安堵した顔をして、キルの言葉を兵士に伝えていく。帝国兵もギリギリだったのだ。ここで無謀な特攻でもしていたなら、離脱者が続出していたことだろう。キルはモンスターたちを蹴散らし、双高山から撤退していった。
「終わったな」
そんなキルたちの様子を、リンの横でヨハンは見つめていた。
「はい。案外弱かったですね」
「そうだな。だが、こちらにも被害が出ている。何か一つの読み間違いが、戦局を変化させるかわからない」
「そうですね。申し訳ありません」
ヨハンの言葉にリンは謝罪を口にする。ヨハンの後ろにはダルダが控えていた。
いつも読んで頂きありがとうございます。