表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
162/240

双高山の戦い 五日目

 キル・クラウンの下へ、報告が届いたのは四日目の昼を過ぎたころだった。それはキル・クラウンには信じられない内容だった。

 

「どういうことだ?」

「はっ!昨日、敵本陣を占拠した三万の軍勢が全滅したと知らせが来ました」

「なっ!」


 急ぎやってきた伝令の内容を聞いて、キルは我が耳を疑った。


「何が起きたんだ?」


 キルは昨日の段階で王国本陣を占拠したと連絡を受けていた。しかし、今日になって三万いた兵が全滅したと言う報告を受けたのだ。


「夜襲を受けたと報告が入っています。さらに明け方近くで混乱しているうちに、追い打ちをかけられ」

「成す術なく全滅したと……ふざけているのか?」

「いえ、偵察から入った報告ですので、間違いないかと」

「くそっ!」


 キル・クラウンは自身の失態に今更ながら気付いたのだ。


「俺はヨハン・ガルガンディアの掌の上で踊らされていたのか?」


 数の上では、まだ帝国兵の方が有利である。だが、左右の小山を取られ、中央には得体の知れない部隊が動きを続けている。キルが逆転しようと思えば、ヨハンを打ち倒せばいいのだが、ヨハンの居場所が掴めていない。


「詰みか……」


 キルは愚かではない。自分の負けを受け入れることができる。


「ただで負けるわけにはいかないな」


 しかし、キルにも維持がある。負けを覚悟した上で、右の小山に目を向ける。現在わかっているのは右の小山にリン将軍がいるということだ。

 ヨハン・ガルガンディアは討てなかったが、リン将軍を討てば、ヨハンへかなりの大打撃を与えられることが予想できる。


「全軍をもって右の小山に進軍を開始する」


 分散してもやられるのであれば、最大勢力をもってリン将軍を討ちに行く。


「この城はどうされるのですか?」

「捨てる。即席の山城だ。捨てても問題ない」


 副官を務める男の静止を振り切り、キルは全軍の進軍を命令した。もしも草原など相手が見えている戦いであれば、キルがとった全軍の総攻撃も有効な手段だといえたかもしれない。

 ただ、山々が並ぶこの地では、中央の森以外に帝国兵六万が有効に活躍できる広い場所がない。


「かしこまりました。では、すぐにでも進軍の準備を」


 キルの決断後、帝国兵が動き出すまでに一刻の時を要した。総攻撃ともなれば、それだけの用意が必要なのだ。三万の兵が全滅した報告が、昼過ぎだったこともあり、出撃できる準備が整ったのは日が陰り始める時刻だった。


「本当に行かれるのですね?」

「もちろんだ」


 暗くなれば王国軍以外の脅威も顔を出す。整備されていない森なのだ。モンスターと言われる魔物たちが息を潜めてこちらをうかがっているだろう。


「承知しました」


 副官も覚悟を決めて、進軍を開始する。山城を駆け下りながら配置されていた兵たちを吸収していく。キルを先頭に、6万強の軍勢となった帝国兵が山を下りて、右の小山に到着するまでに二刻は必要になる。

 休むことなく右の小山に襲い掛かってもいいが、兵たちのことを考え、右の小山手前でキルは小休憩を入れた。


「今のうちに休むがいい。暗いうちに仕掛ける」


 辺りは真っ暗闇となり、右の小山が掲げられる松明の明かりが帝国兵を照らしている。


「準備整っております」


 副官の報告にキルは頷き、号令をかけようと手を上げる。


「うおっ!」「ぎゃっ!」「なんだ?うわっ!」


 キルが号令をかけるよりも前に、兵士たちの中から悲鳴が聞こえ始めた。それは段々とキルの方へ向かってくる。


「なんだ?何が起きている?」


 キルも悲鳴の多さに戸惑い、手を下してしまう。


「わかりません。あっ!モンスターです」


 兵士たちを見ていれば、兵士たちとは別の影が暴れていた。


「なんだあれは?」


 キルも影だけではモンスターの区別はできない。ただ、モンスターの襲撃を受けているなら、反撃すればいい。


「隊列を組め。モンスター如き帝国の敵ではない」


 冷静になり、敵に当たればモンスターなど敵ではない。そう、モンスターは帝国兵の敵ではないのだ。本当の敵は松明の明かりの向こうにいる。


「来ましたね。矢を放て!木が邪魔するかもしれませんが、あれだけいるのです。数を撃てば当たります」


 リンは義勇兵たちを二列の並べて矢を放った。一列目が終われば二列目、二列目が終わればまた一列目と、交互に打ち出される矢は、かなりの数になる。


「王国兵から攻撃です」


 副官の言葉に、キルは奥歯を噛みしめる。どうしてここまで悉く失敗するのか、ヨハン・ガルガンディアの為人は調べたはずだ。用兵の仕方や性格、実践も見た。なのにどうしてここまで予想から外れる。


「モンスターを蹴散らして撤退する。向かうはハロルド砦だ」

「かしこまりました」


 副官は若干安堵した顔をして、キルの言葉を兵士に伝えていく。帝国兵もギリギリだったのだ。ここで無謀な特攻でもしていたなら、離脱者が続出していたことだろう。キルはモンスターたちを蹴散らし、双高山から撤退していった。


「終わったな」


 そんなキルたちの様子を、リンの横でヨハンは見つめていた。


「はい。案外弱かったですね」

「そうだな。だが、こちらにも被害が出ている。何か一つの読み間違いが、戦局を変化させるかわからない」

「そうですね。申し訳ありません」


 ヨハンの言葉にリンは謝罪を口にする。ヨハンの後ろにはダルダが控えていた。


いつも読んで頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ