双高山の戦い 二日目
リンがゴングと話を始めた頃。キル・クラウンの別動隊が、トンたちゴブリンを追いかけまわしていた。
「下等なモンスター風情がこんなところで何をしてやがる」
追いかける男はボウガンを持ち、狩人だとわかる装いで叫んだ。トンたちはヨハンに言われた作業をしていたため、気配を消すスキルを使って接近した敵に気づけなかった。
「皆の者、逃げるのだ!」
トンは降り注ぐ帝国兵の矢を、盾を使って防御する。ヨハンによってゴブリンの里を作った。それはヨハンが思っているよりも過酷なことだった。
弱者であるゴブリンたちには多くの外敵が存在した。外敵から里を守るためにゴブリンたちに必要だったのは「賢く強くなること」それだけだ。
族長であったトンは、キングになることはできなかった。だが、強くなり里を守るためにトンが出した結論は、ゴブリンジェネラルとなる道だった。
「三隊盾が下がっているぞ。二隊、速やに反転」
キングがいなくても指示を出さなければならない。そのためにトンはゴブリンたちの将軍となった。トンが指示を出せば、ゴブリン内で分けた部隊が力を発揮する。
ゴブリンたちは単純な指示しか理解できないが、一つの頭脳で動くゴブリンたちは強い。トンは多くを守るために必要なことを知っている。トンの指示一つでゴブリンたちが連携を行い、まるで一つの魔物のように動きを見せる。
「一隊、距離を空けることに成功したなら援護を」
トンの的確な指示により、帝国兵の攻撃を巧みにかわしていく。
「なんだ、こいつら?本当にゴブリンか?」
敵から聞こえる戸惑いの声に、トンは表情を引き締める。追いかけてきている帝国兵は連れてきたゴブリンたちよりも多い。だからこそ、トンには重要な任務をヨハンから与えられたのだ。
「いいか、トン。お前たちゴブリン族は様々なところに生息できる。何よりこんな森の中は住むのに最適だろ?」
「ジメジメした穴は最高の巣になる」
「そうだ。その巣を作っているゴブリンたちを王国側に引き入れてほしい」
「引き入れる?」
「仲間にするってことだ。できれば、ゴブリンたちを先導して帝国と戦うように仕向けてほしい」
ヨハンの要望を叶えるためにトンは中央の森に入り、ゴブリンの巣を探した。いくつかあるゴブリンの巣を巡って力を示した。ゴブリンたちはわかりやすい性質をもっている。ゴブリンはゴブリン以外の種族を騙すことがある、しかし、同じ種族であれば強い者に従う性質があるのだ。
「承知した」
それらを吟味してトンはヨハンからの要請を受け入れた。受け入れたトンに対してヨハンはもう一つ注文を出した。
「よろしく頼む。それとだな、今回ノーム族が戦いのカギを握る。だから相手にノーム族の存在を知られたくないんだ。だから、なるべく派手に暴れてくれないか?」
ヨハンの要望にトンはむしろ望むところだと思った。派手に戦うということは、力を制御する必要なく戦うことができるということだ。
「承知した」
ヨハンの要請通り、ゴブリンたちに力を誇示する際にトンは力を抑えることはなかった。全力で力を示し、それぞれの長を倒して配下を吸収していった。
それに目を付けたのが、目の前にいる狩人のような男だ。男は偵察中にトンたちを見つけ、攻撃を仕掛けてきた。
弱者を嬲るつもりで仕掛けたのだろうが、罠にハマったのはいったいどっちなのだろうか。ヨハンの下へ退却すると見せかけて、ゴブリンたちがいつの間にか背後や左右へ狩人たちを囲うように陣を敷いていた。
「ギギ班、グガ班左右に回り込め」
トンの特殊スキルに指揮命令というものがある。自身の配下になったゴブリンたちを自由に操ることができるのだ。今、指示を出したのはこの森に入ってから仲間にしたゴブリンたちだが、上手く動いている。
「どうなってるんだ?」
気づいた時には遅い。トンは自身の仲間を守るために多くの勉強をしてきた。それにはサクから学んだ戦術というものがある。
それは言葉を理解したトンには面白いものであり、サクはトンにとって素晴らしい師であった。
「人間、お前たちの時代はいつか終わる。我らが主が王となる」
トンはいつも思っていることがある。ヨハンが王になる姿を思い描いている。
「我々ゴブリンはあの方についていく。放て!」
逃げていると思っていたゴブリンたちの手によって逃げ場を塞がれ、狩人風の男は名乗ることもできずにその命を散らすことになった。
「被害は?」
「仲間に引き入れたゴブリンが数十名。元々いた者たちは軽傷です」
トンは副官を務めるゴブリンの報告に頷く。ゴブリンたちにもキングはいる。だが、ヨハンに預けた以上、ヨハンの配下になったのだ。
ならば自身の王のため、そしてヨハンのため、トンは全力で力をふるい続ける。
「次に行くぞ。派手に暴れてやろう」
「「「ギギーーー!!!」」」
トンの呼びかけて一万に膨れ上がったゴブリンたちが後に続く。
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