双高山の戦い 一日目
すみません。結局二日休んでしまいました。
初日はお互い山城築城に時をかけ、偵察隊が地形を確認するという作業に追われていた。それは互いにこの地で戦うのは初めてだということを意味している。
「よく戻った」
連絡にきたゴブリンは、トンからの手紙を持たされていた。手紙を受け取り、内容を確認した俺は笑みをこぼしてしまう。
「どうやら順調みたいだな」
「ギギ」
伝令にきたゴブリンは言葉を話せないが、こちらの言っている意味は理解している。ヨハンが笑うと、ゴブリンも頷いた。
「よし、トンにはそのまま続けてもらうように言っておいてくれ。ゴブリン族が今回の戦いを左右するカギとなるからな頼むぞ」
「ギギ」
ゴブリンは再度頷き、トンの下に帰るため天幕を出て行った。
「ノーム族は作業に没頭しているみたいだな。リンも面白い動きをしてるみたいだし、初日は総大将として戦いを見守らせてもらうとしよう」
地図を見下ろし、いくつかの駒を配置していく。自分の頭を整理するように持ってきた駒が役に立つ。
中央に存在する森の中を、トンがゴブリン達を使って走り回ってくれている。左の小山にはシェーラたちエルフと狩人が偵察と罠を仕掛けている頃だろう。
逆に右の小山には帝国兵たちが何か仕掛けをしている気配がある。面白いことに、そこにはリンがフリードを連れて向かっている。
本陣はオーク族が俺を守護するために陣を作っている。
「開戦の狼煙はどこから上がるのやら」
仕掛けは施したが、どこで戦闘が始まるかは始まってみないとわからない。
「主様、煙が」
オークの代表グーゴが知らせにやってくる。ヨハンは天幕を出て、戦場へ目を向ける。
「意外なところだな」
戦いが始まったのは左の小山がいくつもある、シェーラが指揮する部隊の方だった。帝国兵の気配はないと読んでいたが、どうやら相手の動きが読めていなかったようだ。
「シェーラはどうだ?」
「無事だ……我々の方へ逃げている。エルフは速い」
シェーラには三千の兵を与えている。森を熟知しているエルフたちの動きをグーゴは理解している。ヨハンの配下になる前に、グーゴは、素早いエルフと戦った記憶があるのだ。
「そうか、どんな感じなんだろうな?」
ヨハンが意識をシェーラがいる左に向けている間に、他の二つの戦場でも戦いの初日を飾る動きが始まろうとしていた。
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本陣より右の小山は、左の小山に比べて少しばかり背が高い。そのため右の山を取った方が戦いを有利に運ぶことができる。
リンも幾多の戦場を経験することで、戦いの流れを読む力を身に着けている。そのためヨハンが合えて重要視しなかった右の小山を取りに行くための作戦を考えた。
「敵も同じ考えです。真っ先に抑えなければならない場所だとわかっているのでしょう。みなさん負けてはいけませんよ」
良くも悪くもリンの性格は真っ直ぐである。リンという人物に触れた人々は同じことを思うことだろう。彼女は慈愛の女神であると……戦場にあって素直でいることは難しいことだ。それも強さを見せなければ慈愛などなんの得もない。それでも義勇兵たちの気持ちに一つの感情を抱かせた。
「我々がリン将軍を守らなければならない」
それは義勇兵全ての思いを一つにした。リンが率いる義勇兵たちは冒険者だった者が多く、モンスター相手に戦うことがもっとも多い。そのため自分たちよりも数が多かったり、巨大で強いものと戦ってきた。
それは彼らに戦うための知識を与え、強者に挑む経験を培かわした。
「こんなところに罠がありやがる。リンちゃん将軍のために無くしとくか」
シーフはフリードだけではない。ベテランシーフが罠を見つけ、リンのために解除を施す。帝国側としては駆け引きをするために用意した罠だったのだろうが、真っ直ぐに小山に向かうリンの部隊は、シーフたちにより、罠発見、罠解除のスキルを使われ、ほど無傷で進軍を行えていた。
「帝国兵の方々ですね。私は第三軍が将軍リン。身を引くのであれば追いはしません」
リンの宣言を聞いた帝国兵は笑い始める。リンが連れている冒険者たちは一万程度。対して帝国兵たちは二万ほどいるのだ。小山の頂上近くで対峙したため高低差は互角であるが、帝国兵たちは十分な武器があった。それはリンたちよりも倍近い兵がいるということだ。帝国兵たちはリンが、自分たちより少ない事実を戦う前から知っている。
だからこそ王国兵が来たとしても問題ないと、バカにしているのだ。
「みなさん、どうやら彼らはバカなようです。私たちの力を見せてあげましょう」
リンにも策はある。確かに真っすぐ正面から山を登ってきたが、それは一万の兵だけなのだ。この場にフリードはいない。フリード率いる五千は別の道から小山を登っている。
「バカはお前らだろ。数はこちらが多いのに真正面から攻めてくるとはな」
リンの挑発により、一人の大男が前に出る。
「あなたは?」
「帝国軍死霊王大将軍配下、帝国軍三死騎キル・クラウン様直属部隊の一人 ゴングだ」
ゴングと名乗った大男は、リンの倍はありそうな身長と体格をしている。如何にも戦士だとわかる巨大なアックスソードを持っている。
「長いお名前ですね。それでゴングさんが私に何用でしょうか?」
「なに……あまりにも無謀なお嬢ちゃんに教えてやろうと思ってな。俺たちの部隊は二万人ほどいる。対してお前たちの部隊は多く見積もっても一万ぐらいだろう。しかも正規兵では無いようだ」
ゴングは冒険者たちが身に着けているバラバラの鎧を見て鼻で笑う。
「お嬢ちゃんに免じて一度だけ見逃してやってもいいぞ。その代わりに、お嬢ちゃんが身代わりになってここにいる兵士たちを楽しませてもらうがな」
薄汚い笑いを浮かべるゴングに、リンよりもリンを守りたいと思っている義勇兵たちが殺気立つ。
「面白いですね。では、こうしましょうか?私とあなたが戦い、勝った方の言うことを聞くというのはどうですか?」
「おいおい、お嬢ちゃん。俺に勝てると思っているのか?」
帝国軍の兵士は数が多く。将と成れる者は一握りの者しかいない。それだけでキル・クラウンがいかに凄いかがわかることだが、ゴングは勘違いをしている。
王国でも将軍になる難しさは同じように果てしない努力と、運と、実力が必要なのだ。
「やってみればわかることです」
「はっ!いいぜ。お嬢ちゃんが死んだら、お嬢ちゃんの後ろの奴は皆殺しだ」
「そうですか。なら、あなたが死んだら速やかな退去をお願いしたいですね」
帝国兵が約束を守るとリンは思っていない。それでも挑発には挑発で返す。それはサクから学んだことであり、リンはそれに値する実力も持っていると自負がある。
「行きます」
「どこからでも来な」
ゴングはリンを舐めていた。リンはゴングの言葉に甘えて、火球を作り出す。火球はリンの得意な魔法の一つだ。
ヨハンと初めて冒険に出たとき、リンは巨大な火球を作り出した。そのときはリンを覆いつくす程度の火球しか作れなかった。しかし、今回リンが作り出した火球は数百人を一度に飲み込めそうな大きさをしている。
「おっお前!将軍のくせに騎士じゃないのか?」
「騎士にもいろいろあるのではないですか?私はマジックナイト。魔法を使う騎士です」
ゴングに向けて放たれた火球はそのまま帝国兵を飲み込んでいく。逃げ出そうとしていた者たちも含めて頂上付近一面は火の海と化した。
「さぁ、皆さん。ここに陣を引きますよ」
味方に振り返って笑顔になったリンを見て、義勇兵たちは心を一つにした。
「「「へい。姉御!!!」」」
リンの魔法を見て逃げ出した帝国兵は待ち伏せしていたフリードの部隊によって各個撃破された。全てを撃破するには至らなかったが、それでも半分近い被害を出すことができた。
これは開戦一日目にしてはかなり上出来な滑り出しと言えた。
いつも読んで頂きありがとうございます。