サクの策 終
第五章 終わりです。
数話閑話を挟み、第六章に入りたいと思います。
ヨハンたちが八万の軍勢を退けたのは、それから五日後ことだった。
戦場と聞きいて、ジャイガントら巨人族がイの一番に駆けつけ、さらにリン率いる第三軍の兵たちが続々と集結することによって、ヨハンと残されていた三千のオークやゴブリンたちは九死に一生を得た。
敵は半分の四万を切ったところで、逃げるように退却していった。ヨハンはサクが策を実らせるための時間をしっかりと稼いだのだ。
「ランス砦の状況はどうなっている?」
敵や味方などの戦後処理を終えて、リンと共にランス砦が見える森へと帰ってきた。ジャイガントたちは戦いが終われば次なる戦場を求めて南に戻り、ガルガンディアの守護はアイスに任せている。
集まってくれた兵士たちも役目を果たして、ゴルドナの指揮の下で帰還していった。
「ヨハン様、砦が崩れてます!」
ダルダの背に乗ったリンが、上空からランス砦の状況を叫んだ。
「崩壊?いったい何があったんだ」
残った三千は帰還し、新たに編成した五千を連れてランス砦に戻ったヨハンたちは駆け足で砦への道を急いだ。道すがら黒い鎧を纏った騎士たちが倒れ、それの倍以上の王国兵が死んでいる。
どれほど壮絶な戦いをすればここまで死者が出るのだろう。兵達に死体の処理を頼み俺は砦に飛び込んだ。
「誰かー!!!生きている者はいないかー!!!」
門を通りランス砦内に入れば、更なる死体の山がヨハンたちを待っていた。積み上げられるように燃やされた死体たち、崩壊した砦の下敷きになった者、剣によって切り捨てられた者など様々な方法で人が倒れていた。
「誰かー!!!」
ヨハンの言葉に応えるように影が動く、そこにいたのはボロボロの鎧に身を包んだ一人の兵士だった。
「王国兵だな?」
「はい。ランス砦守備隊長キリングです」
「そうか、良く生きていてくれたキリング。俺は第三軍総大将ヨハン・ガルガンディアだ。状況を教えてくれるか?」
「はっ、ガルガンディア将軍」
キリングが語った戦いは壮絶なモノだった。サクが如何に勇敢に戦ったのか……
サクは砦の崩壊という奥の手を使って、黒騎士を道連れに倒す方法を取った。黒騎士も、それに対抗するように魔剣を駆使して砦を切り裂いたという。どれほど大々的な作戦だったのか、崩壊した砦を見れば理解できる。
ランス砦の崩壊に巻き込まれた二人は、崩壊を避けるようにサクは素早く回避行動を取り、黒騎士は瓦礫を魔剣によって拭き飛ばしながら脱出を行った。
二人は同様に砦の崩壊から脱出を果たし、二人の戦いは続くに思われた。
黒騎士がサクを探して辺りを見渡した時、まだそこにはサクが策をうっていた。総大将として祭り上げたキリングを、先に脱出させて生き残った兵たちをまとめさせていたのだ。
キリングは崩壊する砦の外に兵達を待機させていた。
「それで?サクはどうなったんだ?」
話を聞きたくて、キリングに詰め寄る。
「はい。サク様は……」
キリングたち兵士は、黒騎士を待ち構えてボウガンの一斉射撃を行った。さすがの黒騎士も数百の攻撃に対して無防備に攻撃を受けたという。
針山のようになった黒騎士は、それでも動いた。魔剣を使って城壁の一部を破壊したのだ。外で待機していた騎馬隊がランス砦に流れ込み、残っていた王国兵達と乱戦になった。
それは血で血を洗う壮絶な戦いになり、三日三晩続いたという。
結末は俺達が見てきた惨劇ということだ。
「すまない……いや、よく戦ってくれた」
ヨハンはそこまでの壮絶な戦いをした王国兵に申し訳なさしかなかった。ランスが獣人王国を選ばなければこんなことにはならなかったのだ。それと共に王国の将軍として褒める必要があるとも考えていた。
「ありがとうございます。サク様があなたのことを生涯一人だけの主と言っていた意味がわかります」
「生涯一人だけの主?」
それは寝耳に水な話だ。サクの主はセリーヌであり、俺は倒すべき敵なはずなのだ。
「はい。サク様は黒騎士との戦いの最中、自分の主はあなただけだと宣言しておりました」
サクの意外な言葉に、ヨハンは面食らう。そして、大事なことを思い出す。
「それで……サクは?どうなったんだ?」
「こちらに来ていただけますか?」
俺はキリングに言われるがままに後についていく。
「こちらです」
瓦礫が撤去された一角に生き残った者達によるテントが張られていた。テントの中に入ると、ベッドに寝かされたサクがいた。戦闘をしたとは思えないほど綺麗な顔をしている。
「サク」
俺が名を呼ぶと、返事が返ってくると思った。
「・・・」
「サク?」
近づいてもう一度名前を呼ぶ。
「綺麗でしょ」
そんなヨハンの肩にキリングの手が置かれ、サクの状態を告げる。
「サク殿はお亡くなりになりました」
「なっ!」
キリングの言葉に息を飲む、どこにも外傷は見当たらない。サクの胸に耳を当てる。弱々しいが鼓動が返ってきた。
「生きているじゃないか」
「はい。確かに心臓は動いています。息も弱々しいですがしています。ですが、起きぬのです。この五日間、一度も目を覚ますことがなかったのです」
キリングの言葉に口元に耳を当てる。確かに息はしているが、弱々しくいつ止まるかわからない。俺はすぐさま治療魔法を施す。しかし、サクに変化はなかった。
「このまま起きずに何も食べなければ死にます」
俺は点滴を思い浮かべた。だがすぐにこの世界に点滴という治療法はない。何よりサクの状態を見て、一つの結論に至っていた。
「キリングと言ったな。サクを丁重に扱ってくれたこと感謝する」
「いえ、我々にとってもサク殿は頼れる司令官でした」
「ああ、ありがとう」
俺はサクを抱き上げる。
「すまないが、サクは連れていく。共にガルガンディアに帰りたいんだ」
「はい。丁重な弔いを……」
キリングの目には涙が浮かんでいた。ゴツイ男が泣く姿は、どうにも不細工だがヨハンはキリングに一度頷きテントを後にした。
「ヨハン様」
戦後処理の指揮を執っていたリンが、テントの前に来ていた。抱き上げられているサクを見て息を飲む。
「サクさんは?」
「生きてるよ。まだサクは生きてる」
ヨハンの言い回しが、おかしいことにリンはすぐに気づいた。それでも何も言わずに頷き、ダルダを呼ぶ。
「帰りましょう」
リンの言葉に俺は頷き、サクを見る。
「サク、帰ろう。俺たちの家に……」
ダルダの背に跨り、俺はサクと共に数日ぶりのガルガンディアへ帰還した。
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