サクの策 5
一万の軍勢を退けたヨハンたちだったが、帝国の攻撃が止むことはなかった。帝国は全戦力をヨハンに向けて進軍を開始した。残った九万の軍勢がヨハンを追いかけるよう森へ向かってくる。
ヨハンはこれに対抗するために、兵のうち約一千をガルガンディア地方の各地へ伝令に走らせた。
「どうなってるんだ?」
敵が攻撃を仕掛けてくることは、サクの策でも予想されていた。しかし、帝国兵全軍でヨハンに襲いかかって来ることは、さすがに予想できなかった。
ヨハンは現場の判断で、一千を伝令に走らせると同時に第三軍に退却命令を出した。
「一目散に逃げろ」
ゴブリンも、オークも、関係ない、荷物をかなぐり捨てて兵達を逃走させた。
ガルガンディア砦にはダルダに乗せたリンを直接向かわせた。援軍の指揮を執る者が必要なため、リンには援軍の指揮を任せたのだ。
ヨハンはというと、自ら殿に陣取り、大がかりな魔法を発動させようとしていた。
メテオが重力を使い外の力を借りるのに対して、今から行う魔法は地上に住んでいれば一番に恐れなければならない魔法である。
「サンド・マグニチュード」
地属性最強魔法マグニチュード、それはたとえ十万であろうと百万であろうと人が抗えない力、自然の力を生み出す魔法である。
「地面は砂と消える。お前達は森に入ったのか?それとも山に入ったのか?」
殿となり、山を登ったヨハンは山を全て砂と化した。ヨハンは敵の頭上に砂崩を起こした。揺れる地面に対処することが出来ず、降り注ぐ砂の雨に為す術なく帝国兵は沈んでいく。
敵も分散しているので、全てを飲むことはできなかった。それでもヨハンが殿を務めて、さらに一万人ほどの帝国兵を倒した。
「怯むな~所詮は魔法だ。これだけの大魔法を何度も放てると思うな」
指揮官は黒騎士ではないが、戦場をよく見極め、ヨハンの意表を突く攻撃にも対処してきていた。
「なら、そのまま向かってこい。俺の魔法に対抗できたとしても、自然現象に対抗できると思うな」
砂が降り注いだ後には揺れる地面は地を割る。生じた地割れによって帝国兵を飲み込んでいく。
「まだだ」
ガルガンディア領と帝国兵との間に、横幅一キロほどの地割れを作り出した。
「お前達が俺を追って来るなら、後悔させてやる。お前達を全滅させるのが先か、サクが黒騎士を討つのが先か競争と行こうか。多勢は全部俺が引き受ける。第三軍全員で敵を打ち倒す。だからサク、後は頼んだ」
ヨハンは地割れを作り出した後も、その場から動かなかった。シェーラ率いる狩人たちと共に矢を討ち続ける。
千人ほどの攻撃は、残った八万の兵からすれば微々たるものではあるが、戦略級魔法を使うヨハンを警戒しての行動であれば当然と言えたかもしれない。
♦
「敵がヨハン様を追っていく」
ランス砦からサクは敵の動きを見つめていた。ヨハンを追うように森へ進軍していく帝国兵には驚いたが、その後に現れた部隊によって、サクは全てを理解した。戦場にいて、黒い鎧は一際目立つのだ。
「来ましたね」
一万の騎馬隊がランス砦の前に陣取っていた。
「貴様が将だな」
黒騎士は城壁の上から戦場を見つめるサクを見つけた。
「あなたの首は私が取ります」
城壁の上で、サクはじっと黒騎士を見つけながら小さな声で呟いた。それは黒騎士に届くはずのない声だった。
「やってみろ」
それでも黒騎士には届いていた。声ではないサクの思いが……。
「敵が現れました。攻撃開始します」
サクの号令と共にランス砦の中では、第二軍の王国兵が黒騎士を迎えうつために動き始めていた。怪我人も、病人も、自分たちの生き様を見せるために動き始める。
「俺達が黒騎士を討ちとるんだ」
彼らもまた兵士なのだ。自分達が見捨てられた存在であることもわかっている。それでも生きた証しを残したい。サクは二万人の兵達を鼓舞する上で、彼らに語った言葉がある。
「さて、王国第二軍の皆さん、私はヨハン様の下で軍師をしております、サクと申します」
セリーヌの下ではなく、ヨハンの下と言ったのは彼らへの印象を良くするためだ。ヨハンたちが起ったその後でサクは彼らに語りかけた。
「皆さんはすでに王国から捨てられた存在です」
「なっ!」「てめぇ!」
サクの言葉に反論する者達はまだ見込みがあるだろう。しかし、サクの言葉を受け入れ、項垂れている者達は生きる力すらないかもしなれない。
「ですが、あなた方はまだ生きています。二万人の仲間と、この砦があります」
何かを言うつもりだと理解した兵士たちは、サクの言葉を聞くことにした。
「あなた達はヨハン様によって体を回復されました。あなた達の体は戦えるように戻りました。そして私の策があれば、あなた達だけでも黒騎士を討つことができます」
サクの言葉に疑問や戸惑いを浮かべる者が多勢いた。しかし、サクは言った。
黒騎士を討てると……その言葉に兵士たちは戸惑いとは別にサクの言葉を聞きたいと思うようになっていた。
「本当なのか?本当にあんたに付いて行けばあの化け物を討てるのか?」
「あなたは?」
サクの前に一人の兵士が立ち進みでる。
「俺は第二軍ランス砦守護隊長キリングだ」
「キリング殿ですか。では、あなたに臨時将軍をお任せします」
「はっ?臨時将軍?」
「はい。私はあくまで軍師であり将軍を支える者です」
「俺が将軍?」
「誰か反対する者はおりますか?」
サクの言葉に反論の言葉を上げる者はいなかった。それは自分がキリングの代わりに将軍の責を負う重圧に耐えられると、皆思わなかったからだ。
「反論はないようですね。では、キリング殿。今この時からあなたが第二軍の将です」
「俺が将軍だと!!!」
キリングが叫んでいるのを余所に、サクは二万人の兵達に策を語っていく。黒騎士を討つために確実にサクは兵隊の心を掌握していった。
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