サクの策 3
すいません。遅くなりました。少し長めです。
ヨハンは砦に作られた城壁の上から戦場を見下ろした。戦場は未だに隕石の影響で煙を上げているところもあるが、概ね静まり返っている。
砦についたヨハンとリンは、一日かけてランス砦にいる兵たちの治療に専念した。まだまだ完全ではないため、リンやチンたちは今も走り回っているが、食事をとり、睡眠をとれた者たちは多少なりとも元気を取り戻したようだ。
ヨハンの行った奇襲により、敵からの攻撃が止んでいるからこそ、兵たちの治療に専念できた。
「醜態をお見せしました」
戦場を眺めていたヨハンの下に、目覚めて間もないであろうサクがやってきた。
ヨハンたちがランス砦に入ったときのような疲れた表情ではなく、少しばかり頬に赤みが戻り、生気を取り戻している。
「それだけのことをサクがしていてくれたということだ。気にするな」
「ありがとうございます」
「礼はもういいさ。それよりも敵の動きをどう思う」
視線を戦場に戻し、昨日までランス砦を覆いつくすほどの大群の姿はなりを潜めている。荒れた土地に帝国の旗が数本立っているだけだ。
砦ギリギリに落とすように魔法を発動したので、少しばかり砦も損傷しているが、敵の被害は甚大であることは見て取れる。
シェーラを偵察に出しているがどんな結果が得られるかわからない。
「これだけの沈黙は初めてのことなのでなんとも……昨日の光景は信じられないものでした。私が見たのは巨大な岩が雨のように敵に降り注ぐ光景でしたので」
「その表現で間違っていないだろうな。俺も二度と使いたいとは思わない」
「確かに、あれは戦略級の威力があります。戦後に禁止条約が結ばれると思われます」
「それも仕方ないさ。人道的に見て、使って良い物と悪い物ぐらいの分別はつけないとな」
戦争の終わった後のことなど今考えても仕方ない。今するのはこの状況をどうやって打開するかだ。
「敵はこちらにあれほどの魔法があることを知りました。そのお陰で足踏み状態になっているのでしょう」
「そうだといいな。敵がどれくらい減ったのか正直わからない。一番密集している場所に打ち込んだのはいいが、本陣の黒騎士は上手く逃げていた。指令系統に問題がなければ軍は機能する」
俺の言葉にサクも思考を巡らせる。随分といつものサクに戻ったが、どこかいつもより距離が近く感じるのは俺だけだろうか。
「そうですね。ですが、これが好機であることは間違いないでしょう。今まで休むことなく続いていた攻撃が中止されて、すでに一日が立ちます」
「本当にそうか?姿の見えない敵ほど厄介なものはないぞ。黒騎士は確かに沈黙しているが、これが好機とは俺には思えない」
サクの意見を真っ向から否定する。慎重だと言われてしまえばそれまでだが、何か嫌な予感がしてならないのだ。
「ならば、今しばらく時を見ましょう」
サクは俺の言葉を否定することなく受け入れた。
さらに一日を過ぎても黒騎士の動きはなく、食事と治療によって体調を崩していた第二軍の兵たちも元気を取り戻しつつあった。
元気を取り戻すと別の問題が浮上してきた。ケガや病で仕方なく受けていたゴブリンたちの介護を毛嫌いしだしたのだ。
ゴブリンやオークに嫌悪な雰囲気を向けている者たちも確かにいたが、聖女として崇められるようになったリンの言葉を聞いて、表立って争うまでには発展していなかった。
それが自身の体が動くようになり、表立ってゴブリンたちを罵倒し始めたのだ。
「ここに俺たちがいるのも限界かもしれないな」
第二軍の不満に気付いたのはリンだった。リンは上がってくる不満の内容が信じられないと、ヨハンに愚痴りに来た。
「聞いてくださいよ、ヨハン様。ここの皆さんは頭がおかしいんです。チンさんたちが献身的な看病をしてくれているのに、触るなとか汚いとかいうんですよ。チンさんたちだって毎日水浴びをしてますし、私たちと何も変わらないのに」
リンは愚痴を言ってる間に悲しくなってきたのか、だんだん涙目になってきている。ガルガンティアは他種族が分け隔てなく暮らしている。だからこそ、王国の人間至上主義が信じられなくなってしまうのだろう。
「本当に人を見た目で判断するなんて信じられません」
一通り愚痴を言い終えたリンの話を聞いて、俺は決断を迫られることになる。このまま第二軍の治療を行いつつ、第三軍との衝突を待つか、黒騎士が沈黙を守っている間に砦を放棄して逃げ出すか、二日目に入り、決断を下すことになった。
「ヨハン様、少しよろしいでしょうか?」
悩む俺の下にサクがやってきた。昨日とは違い、その顔には覚悟が見て取れる。
「なんだ?」
「策があります」
「策?」
「はい。今の状況を打開する策です」
「話してみてくれ」
サクは策を話し始める。サクにも第二軍と第三軍の兵たちが上手くいってなかったことは理解できていたらしい。
第二軍の兵は元気になるにつれ、態度は横柄になり、チンたちを奴隷のように扱い、口を開けば命令口調だという。もちろん聖女たるリンの言うことは聞くが、それも表面的なものであり、自身が怪我人や病人であるから世話をしてもらって当たり前だという態度をとっているのだという。
「そこで第三軍の兵をまとめて、ヨハン様には出撃してもらいます」
「出撃?まだこの状況を好機だと思っているのか?」
サクがまだおかしいのではないかと不信感を持って質問をした。
「好機であれ、好機でなかったとしても今は出撃することが最善だと思われます」
「根拠は?」
「まず、第二軍と第三軍の衝突による軋轢が、このまま増大していけば内部分裂は免れないでしょう」
俺はサクの言葉に頷く。
「そして姿の見えない敵に、ただ手をこまねいていても先に進むことはできません」
「だからと言って出撃しても同じじゃないのか?」
「同じではありません。ヨハン様はそのまま戦場に向かわず、砦を出た後はガルガンディアの方へお帰りください」
「はっ?何を言ってるんだ?」
「お分かりいただけませんか?」
言葉を理解しようと思考を巡らせる。しかし、帰るメリットがわからない。確かに第三軍の兵は楽になる。だが、残された第二軍を見殺しにすることになるのではないか。
「すまない。わからない」
「第二軍の兵を置き去りにして、ヨハン様はランス砦から脱出してください」
「なっ!そんなことができると」
「できます。いえ、しなくてはいけません。ここは元々英雄ランスに見捨てられ、ミリューゼ王女が敗北し、重傷者を置き去りにした場所なのです。ここを取り戻すのはヨハン様の役目ではありません。英雄ランス様の役目です」
サクの策は非情だった。それはヨハンの利だけを考えた策であり、人道的な観点かれ見れば決して許していい策ではない。
「もし、その策をとるのなら、この場に一人は指揮官を残さなくてはいけないだろう。それはどうするんだ?俺はリンを置いていく気はないぞ。ましてやチンやバルトの言うことは第二軍の奴は聞かないぞ」
「わかっております。ここには私が残ります。私は忍びの者です。一人で脱出などお手のものですから」
サクの策を受ければ、第三軍の被害は少なくガルガンディアに帰ることができる。上手くすれば転進して黒騎士の背後がつけるかもしれない。
だが、そのためには第二軍の兵士二万人を犠牲にする恐れがあり、人道的な観点から見て許していいのかと自分の中で葛藤が生まれる。
「将は時に非情であらねばなりません」
俺が悩んでいると、サクから言葉をかけられる。
「非情にならなければならないか……わかった。サクの策を承認する」
叱るように発せられた言葉はサクからの教えだと俺は思った。
「ありがとうございます」
「絶対にお前が生きて帰ることが条件だ」
「はい。戻った暁にはヨハン様が直々に特製料理を作って頂けますか?」
「おう。そんな褒美でいいならいくらでも作ってやるぞ」
砦に来てからサクの新たな一面をたくさん見た気がする。だがそれは良い一面であり、サクともっと話したいと思えるものだった。
「ありがとうございます。では、準備をお願いします」
「わかった。シェーラが戻り次第、出立しよう」
「はい。ご無事をお祈りしております」
「それはこちらのセリフだ。俺よりもサクの方が何倍も危ないからな」
「問題ありません」
最後はいつもの無表情で問題ないと言われれば信じるしかない。
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