主の帰還
ヨハン達が竜の巫女と交流を持つようになり、一週間が過ぎようとしていた。竜人たちが住まう山間にできた谷に降りることはできないので、谷の上にテントを張ってシェーラと暮らしている。
その間に肉食である竜人達のために様々な肉料理を提供した。彼らが仕留めてくる肉は大型のモンスターが多かったので、彼らに美味しい部分を聞いて解体していく。
最初こそ警戒していた竜人達もヨハンの料理によって、心を開きつつあった。それは契約者として竜人に受け入れたことを意味している。
「ねぇねぇ、今日はどんなご飯なの?」
竜人の子供達がヨハンにかけより今晩は何かと問いかける。こんな風景も見慣れたもので、シェーラもヨハンの助手として、竜人たちに受け入れられてきていた。
「今日の下拵えは終わってるから、大丈夫よ」
シェーラが子供たちの相手をしていると、トキネがやってきた。
「随分と子供たちに気に入られたのですね」
「トキネさんか、まぁ最初に力を見せたからな」
さすがに料理とトキネの助言だけでは、竜人たちに認められることはできなかった。そこで、竜人の勇者と呼ばれているヤマトと対決することになった。
ヤマトは竜の頭と人の身体を持つ人物で、力は竜を凌駕しており、器用さや能力は人と変わらない。そんな化け物が、三叉に分かれた巨大な槍を振り回して襲ってくるのだ。想像しただけでかなり恐ろしいことだろう。
「あのときはすいません。まさか、ヤマトがあんなことを言うとは思いませでしたので」
「いいさ。あれのお陰でみんなに力を示すことができた。何より最近はシェーラと張り合うぐらい俺の料理を食べに来てくれるようになったしな」
「ふふふ、彼が一番あなたを気に入ったのかもしれませんね」
トキネは綺麗だ。人の顔を持つ彼女は、竜人の中では綺麗ではないかもしれない。もし、彼女が人として生きていたなら、絶世の美女と言われていただろう。
シーラが洋風の絶世の美女だとするならば、トキネは和風美女なのだ。
「巫女様ー!」
「ヤマト?」
「噂をすればだな」
どこか慌てた様子のヤマトが、俺とトキネの下にやってくる。
「そんなに慌ててどうしたのですか?」
「何か来る。俺にはそれしかわからない。だけど胸が締めつけられるんだ」
ヤマトは意味がわからないことを言って胸を抑える。表情は苦しそうに何かを訴えている。トキネも困惑していたが、それが自分の身に起こり理解する。
「これは!」
「いったいどうしたんだ?」
「ヨハン!早くここから離れるのです。あなたはここにいてはいけない」
「なんだよ突然」
トキネの慌てぶりに、理解が追い付かない。
「いいから行くのです。竜人はあなたに着いていけない。だから、ダルダリアンを同行させます」
トキネに急かされて身支度を整える。シェーラと共にトキネが用意してくれたワイバーンの背に乗りこむ。
「ダルダリアン、ヨハン殿のことお願いします」
「巫女様……かしこまりました。我が一生が尽きるか、ヨハン殿の命が尽きるその時までお守り致します」
「お願いね。彼らは友人だから」
トキネの言葉を最後にワイバーンが飛び上がる。ヨハンたちはワイバーンの背から谷を見下ろした。そして、彼らの下に地竜に乗った騎士がやってきた。騎士を見た瞬間、竜人たちは膝を突き礼を尽くしていった。
「あれは?」
「ドラゴンマスター様のお帰りです」
俺はトキネの言葉を思い出し、全てを理解した。そして、その人物が帝国の竜騎士であることも騎士の家紋を見て思いだした。トキネはこうなることを理解していたのだ。
だからこそ、帝国の敵である。俺を逃がしてくれたのだ。そして先ほどの二人の誓いは、ワイバーンを竜人から離脱させて俺に従わせる。それが彼女なりの友人への贈り物なのだ。
「まさか、敵にドラゴンマスターがいたなんて」
「ヨハン様」
シェーラは俺の腰に捕まり、頭を俺の背に預けてきた。
「シェーラ、もしかしたらあいつらと戦うことになるかもしれない」
「わかっています。でも、今はあの子たちの顔が浮かんでくるんです」
手を後ろに伸ばして、シェーラの頭を撫でてやる。ワイバーンは俺たちが竜騎士に見つからないように、全力で空を飛んでくれた。
三日かけて上った竜の山脈は、たった半日の飛行で帰れてしまった。
「ヨハン様」
ガルガンディア砦の広場に降り立った俺たちを出迎えたのはリンだった。竜がこちらに向かってくることで警戒していたのだろう。
リンの他にゴルドナやチンなど、戦闘要員が武器を構えて立っていた。
「リン、帰ったよ」
「ご無事で何よりです」
リンは恭しく頭を下げた。それは主の帰還を喜ぶものであり、同時に伝えなけれなならない過酷な状況に畏まることしかできない気持ちを表しているように俺には感じられた。
「何かあったのか?」
そんなリンの様子をすぐに悟り、リンは主の聡明さに感服する。
「お伝えしなければならない事実があります」
「悪い話か?」
「はい……」
「なんだ?」
「第二軍が壊滅状態になりました」
「なっ!」
王国の主力部隊が壊滅状態?そんな馬鹿なことがあるか、ランスがいれば帝国に勝てるはずだろう。
「事実です。ライス様が命からがら逃げてこられ、知らせてくれました」
「ライスがいるのか?」
「はい。今はベッドに……」
俺は急ぎ足でライスに会いに行った。全身を包帯でグルグル巻きにされたライスはベッドに寝かされていた。リンの回復魔法でもここまでしか治らないとなると、相当な深手であったことがうかがえる。
「ライス!」
俺の声にライスが反応を示した。しかし、体を起こすことができないのか、顔だけをこちらに向ける。
「ヨハン様、無様な姿をお見せしてすみません」
「何を言うか、よく戻ってきてくれた」
俺の言葉にライスの瞳から涙があふれる。
「お貸し頂いた兵を失い、将自ら逃亡するなど恥の上塗りです。されど、伝言を伝えるために生き恥をさらしました。どうか、ヨハン様のお慈悲で私を殺してください」
ライスは役目を終えたと言って死を望んだ。リンが耳打ちしてくれた状態によれば、全身を剣による切り傷による大量出血、一番ヒドイのは、切り落とされた左足と右手首だという。
さすがに存在しないものを再生することはできない。四肢を失い、それでも伝令のために地を這って帰ってきた勇者を殺せるはずがない。
「ライス、お前には知識がある。何よりお前が作った街を納めてもらわねば困る。まだまだ仕事はあるんだ」
俺はそういうと治癒魔法に最大限の魔力を込めてライスを癒した。四肢の欠損はヨハンにも直してやることはできないが、傷ついた身体は全て元通りにしてやれる。
「暖かい」
光に包まれたライスは、暖かい光を浴びながら涙を止めることができなかった。
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