ガーリック
匂いの強い料理を考えたとき、ニンニクが浮かんできた。強烈な匂いと食欲を誘う格別な食材としてこれほど最高の食材はない。そこに自分の好みを付け加えるために醤油を加える。
ニンニクは強烈な匂いを放ち、醤油の焼かれる匂いは、ニンニクの匂いを上品にしてくれる。
ニンニクの下拵えは、芽を取り除いて、薄く切る。それを軽く引いた油の中で揚げて風味を生み出す。美味そうな匂いがしてきたところで、醤油を入れてニンニク風味のソースの完成である。元の世界であれば甘くするためにみりんを入れたいところだ。
さらに匂いを強くするためにニンニクをスリ下して、生肉に塗り込んでおく。
調理は簡単、野戦のことを考えて簡易コンロを作成した。その上でフライパンを熱して、五センチほどの分厚さに切った一キロのステーキを焼いていく。半面が焼けたところで、塩と胡椒をまぶして裏返す。
これだけでも肉の旨味とニンニクの香りが辺りに立ち込め十分に美味そうなのだが、調理は一手間加えた方が美味くなる。肉を美味く食べるためにフライパンにワインを注ぐ。
ワインを入れることで分厚く硬い肉でも柔らかくて食べやすい肉へと変身させる。
「ヨハン様~ヨハン様~」
なんだが歌うように俺の名前を呼んでいるシェーラには、余ったニンニクで作ったチップを皿に乗せて出してある。シェーラが飲んでいるワインのつまみに丁度いいだろう。
「これも美味しいですけど、すごい匂いですね」
「だろ?ポテトよりは固いけど、美味いんだ。他の料理もニンニクをここまでふんだんに使ったのは始めた。シェーラの肉も焼いてやるから、その前にこの肉を谷の近くにおいて、風を起こしてくれ」
「わかりました」
シェーラは楽しそうに風を巻き起こして、肉の匂いを谷の向こうへお届けする。かなり強烈な匂いに仕上げているから谷全体に広がるというものだ。
風は匂いを運ぶ、食欲に飢えたドラゴンたちにはこの匂いをどう思うだろうか。
囮はできたので、三百グラムと五百グラムの肉を焼いていく。ちなみに三百グラムの肉が俺で、五百グラムの肉がシェーラである。
簡易コンロは他にもある。二つ目を取り出して鍋の中で野菜を多く含んだスープも作っておく。肉ばかりでは栄養が偏ってしまうからな。
俺の料理は終わらない。余ったガーリックにバターと交え、常温に戻しておいたバターをお湯で少し溶かしていく。そこにすりおろしたガーリックを加えて混ぜ合わせる。
混ぜたガーリックバターをパンに塗り、火に近づける。良い匂いがしてきたところで、シェーラを呼んだ。
「シェーラ!できたぞ」
「はーい」
「肉は冷えただろうから、そのまま谷に落としていいぞ」
「えー!もったいないじゃないですか」
「それじゃあ出来立ての肉を投げるか?」
「わかりましたよ。あーもったいない」
どうして女性陣は食のことになると見境が無いのだろう。リンも、ココナも料理を作ると、食べることに夢中になる。それはまるで野獣のような態度を取る。
肉を谷に落としたシェーラは、用意していたアツアツの鉄板に乗せられたステーキをナイフとホークで切り分けて口に入れる。
「おいし~い~」
シェーラが喜びの声を出す。口いっぱいにガーリックソースをつけて肉を頬張る姿は、可愛らしい女の子だ。
エルフの綺麗な顔が無邪気に歪むのは見ていて面白い。シェーラが他のエルフと違うところは感情表現が豊かなことだろう。
彼女は帝国に怒り、仲間のピンチを悔やみ、自身の力の無さを嘆いた。
それを乗り越え、今はご飯を食べて美味しいと微笑み、話をしているときは楽しそうに笑う。また二人でいるときは甘えてくる。
エルフたちは感情が乏しいと聞いたことはあるが、シェーラを見ていると全くそんな気がしない。
「浅はかですね」
暗い山の上では光など存在しない。あるのは俺たちが作り出した焚火の炎とテントの中でついているランプの明かりぐらいだ。焚火の炎が微かに届く暗闇で、彼女が現れた。
「なんのことでしょうか?」
「先ほどのあれはなんですか」
彼女は怒っているようだ。彼女が発する声の中にガーリックの香りが漂う。
「あれとは?」
「あの肉です。初めて食べました。ただの焼いた肉ではありませんね」
何を問い詰められているのか、あれは匂いを生み出すために特別に作ったものだ。
「別に肉を焼いただけです。少しばかり好みの味付けをしただけですよ」
「あんな味……初めて食べました。もっとないのですか?」
「作ればありますが、今はありません」
「作って……いただけませんか?」
「見返りは?」
トキネが躊躇いながら口にした言葉に対して、俺は間髪入れずに見返りを要求した。
「そっそれは!材料の提供と、お金を払っても構いません。我々は他国と交流がないので、金を使わずに余っています」
「そんなものはいらない。材料はアイテムボックスに山ほどあるし、金に困るような生活はしていない」
トキネの出した答えに、はっきりと拒絶を示す。これは交渉なのだ。こちらの欲しい物を相手が差し出すか、それとも相手が諦めるか、もし諦めたなら次の策を考えればいい。
「ならばどうすれば、先ほどの料理を作ってくれますか?」
懇願するような口調で、トキネの声が弱々しくなる。
「俺と契約を結びませんか?」
「契約?」
「俺はこの料理の作り方を教える。他にもあなた達が望む料理を教えましょう。そのかわりに私を助けてはくれませんか?」
「助ける?」
「ええ、俺達が困ったとき助けてくれるだけでしい。貴方方は誇り高きドラゴンだ。誰かに従うのは違うと思う。だから、俺と契約を結んでほしい。もしも、俺達が戦で困っていると思ったとき助けてほしい。友として」
「友として」
俺は新しい肉を取り出して焼いていく。もちろんトキネのためにだ。
「契約しよう。竜が巫女、トキネの名の下、ヨハン・ガルガンディアを友と認める」
「ありがたいことで」
俺はできたステーキを鉄板に乗せて、ナイフとホークを差し出す。同じ食卓を囲む。これが口約束であろうと、彼女は契約を必ず叶えてくれるだろう。
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