竜の巫女
戦争の激化を見越したヨハンは、ジェルミーとリンに竜を味方につけることを告げて竜の山脈へと入った。
当初は一人だけで行くつもりだったが、竜の山脈にいくことを聞きつけた部下たちがどうしてもついてくると言ったので一人だけを連れてきた。
連れてきたと言うよりも無理やりついて来たと言った方が正しい。
「ヨハン様、竜達が住まう場所まではもう少しです」
狩りの隊長にして、エルフの姫君であるシェーラが同行を申し出てきた事自体驚きだが、俺が一人で行くと言ったのに隠れて竜の山脈までついてきたのだ。
本来であればエルフたちと行動を共にしてもいてもおかしくないはずだった。しかし、彼女はガルガンディアに戻ってきてヨハンの手伝いをしている。
また、今回の竜の山脈に行く話が出たときに真っ先に名乗りを上げ、絶対についていくと引かなかったのも彼女だ。
「シェーラ、あまり前に出るな」
「いいじゃないですか。何かあればヨハン様が護ってください。私では竜に勝てませんので」
「わかったわかった。お前は何のためについてきたんだ?とりあえず、行くから待て」
「はーい」
シェーラと二人で旅をするのは始めてだ。シェーラの様子から楽しんでいるようだが、その先にあるのが死かもしれないとわかっているのだろうか。
「シェーラと二人で出かけるのは初めてだな」
「そうですね。二人で話しをしたのは、お風呂以来ですね」
「ぶっ!お前は!」
「ふふふ。ヨハン様は不思議な人ですね。それでいて凄い人です」
「不思議な人で、凄い人?」
シェーラの言葉を理解できずに、問い返した。
「はい。最初に会ったときのヨハン様は頼りない人でした。でも、不思議な雰囲気を持っていました」
「おいおい。褒めているのか、貶してるのかどっちだ?」
「うーん?どっちでしょ?でも、事実です。本当に、この人で大丈夫かと思っていました」
俺はシェーラの告白に苦笑いを浮かべる。
「でも、ヨハン様は私の願いを叶えてくれました。エルフだけでなく、精霊達を仲間にして、皆を救ってくれました。それだけじゃなく、ガルガンディアに様々な人たちを集めて、国を立ち上げようとしています」
シェーラは大きく手を広げ、芝居がかった口調で一つ一つの言葉を紡ぎだす。聞いているこちらとしては恥ずかしくなるような言葉ばかりだが、それでもシェーラが俺の事を思ってくれているのは伝わってくる。
「私はヨハン様を尊敬しています」
「そうか、尊敬してくれるなら少しぐらいは言うことを聞いてくれよ」
「それと、これは別ですよ」
シェーラが無邪気に甘えてくれるのは嬉しい。それは俺に対してだけだろうと思えるので、俺はシェーラの頭をポンポンと撫でてやる。
シェーラは、俺以外の人間に対して甘えた行動はとらない。狩りの時は隊長を任され、他の仕事をするときも頼られる存在として扱われている。
だからこそ、シェーラのこんな顔を見ることができる俺は役得だといつもより甘やかしてしまう。
「GYAAAAーーーー!!!」
しばらく歩いていくと雄叫びが聞こえ、飛竜が俺たちの頭上を舞う。
「いよいよだな」
「はい」
シェーラも竜を見たことで、警戒態勢に入った。
「武器は構えるな。それに殺気もダメだ」
「どうなさるおつもりですか?」
「いいから、俺の後ろに隠れてろ」
シェーラを後ろに隠して竜を見る。竜は俺達の上を旋回するとゆっくりと降りてきた。
「人の子よ。この場所がどういう場所かわかっているのか?」
いきなり襲われることはなったが、友好的とは言えない竜の態度は警戒を促していたらしい。ワイバーンと呼ばれる種類の飛龍は人が数人乗れそうなほど大きく、そしてとんでもない威圧を放っていた。
「わかっております」
俺はじっと竜を見つめたまま言葉を返した。
「我の威圧を受けても怯まぬか」
確かに竜の威圧は人と違い圧倒的である。それでもジャイアントと戦ったことがあるヨハンとしては、些か見劣りする程度のものだ。
「あなた方に話があってまいりました。どうか話を聞いてはくれませんか?」
「我々に人間と話すつもりはない。帰れ」
威圧に怯まないことで認めてもらえたかと思ったが、どうやら違っていたらしい。竜からすれば、ミジンコが毛虫に進化した程度のもののようだ。
「どうすれば話を聞いていただけますか?」
「聞く必要などない。人は欲深きもの、どうせ話をすると言って、自らの望みを一方的に訴えてくるだけであろう」
「・・・・」
竜の言葉に、俺の方が言葉に詰まってしまう。竜が言っていることは間違いではない。俺も竜を利用しようとやってきた一人だ。
「わかっておられるのなら、隠す必要はありませんね。我々に力を貸していただけませんか?」
俺は開き直ることにした。話を聞いてもらう云々ではなく、目的を正直に告げた。
「痴れ者が!人間ごときが我らに願い出るとは!」
ワイバーンは目を爬虫類が怒ったときのように黒目を縦に細くして、怒りを表した。
「やはり竜も獣か?話はできても理解はできないらしい。俺は願ったのだ。それを無下にするとは」
「弱者がよう吠えた。望むとおりに殺してやろう」
ワイバーンの口に炎が生まれ始める。ドラゴンが放つファイアーブレスは、人が放つ火属性の魔法を軽く凌駕する。
「シェーラ、いくぞ」
俺はシェーラを後ろに庇いながら、グラビティーを発動させる。重力魔法は固有魔法であり、竜であろうと使うことはできない。
「これしきの魔法がなんだというのだ」
重力魔法に対して、竜はたいして苦しむことなく、ブレスを放つ準備に入る。
「シェーラ!今だ!」
俺の叫びと共に、シーラが矢を放つ。矢には鎖が繋がれており、重力により加速する鎖は竜へと巻き付いていく。竜の口の中に発生していたブレスが消えた。
「やっぱりそれも魔力か」
俺はニヤリと笑ってアイテムボックスを発動する。
「ドレインチェーン」
ドレインチェーンによってワイバーンを拘束する。
「我にこんなことをしてただで済むと」
「状況をわかっていないらしいな」
俺は斧を取り出して竜の首に添える。
「そんなもので我の首が取れると思っているのか?」
嘲り笑うように竜が俺の斧を馬鹿にする。
「馬鹿にするなよ。これはゴルドーと試行錯誤の末に作り上げた試験品だ。まだまだだが、魔法を付加できる斧だ。ただの斧じゃない」
ランスのような都合よく聖剣など存在しない。なら人口で最強の武器を作るしかない。
「やってみるがいい」
「バカな奴だ」
竜はそれでも自身の皮膚の硬さに自信があるのか、バカにした態度を変えなかった。俺は遠慮なく斧を振り下ろす。
「待て!」
斧が竜の首に振るわれる寸前で声がかかる。ギリギリで止められた武器を逃げる手を止め、俺は声のする方を見た。
「待て、人間よ。ダルダリアンを殺すな」
ダルダリアンと言うのはチェーンによって縛られている竜のことだろう。
「あなたは?」
「私は竜人族だ」
「巫女様」
ダルダリアンが巫女と呼んだ女性には、竜のような角と尻尾が生えた人だった。
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