閑話 主人公とヒロイン
もう一話閑話を挟んで本編に戻ります。
ランスが領地と砦を手に入れ、英雄として開戦を控えて砦に滞在しているところに、客人がやってきた。
本来のゲームである『騎士に成りて王国を救う』では、ランスが手に入れるヒロインたちは全部で五人いる。
ランスが兵士にならず、冒険者でいればパン屋の少女と恋をして人生を終えたことだろう。
一兵士の彼であれば、エルフの少女と恋をしたことだろう。
彼が出世することで、恋するヒロインたちは変わっていくこのゲームでは、
千人将で終わっていれば、六羽の一翼を得たことだろう。
将軍となり、国のために戦うのなら、その国の王女を手に入れることができただろう。
では、英雄となった彼は何を手に入れるのか……
「謁見をお許し頂くとはありがたき幸せです」
ランス砦に他国の姫がやってきていた。姫は王都ではなく、最前線に位置するランス砦に訪れたのだ。
「まずは、遠いところからよくいらっしゃった」
謁見の間に入ってきた客人が見たのは、二つある椅子にそれぞれ座る、二人の主だった。
「そうですね。態々隣国の砦によくぞおいでくださいました」
砦の主、ランスの横に座るのは、エリクドリア王国第一王女ミリューゼだった。彼女はランスと共に砦の主として姫を出迎える。
「ありがたきお言葉痛み入ります」
「して、本日は何用で来られたのですか?」
礼を尽くす姫に対して、冷ややかな言葉をかけたのはミリューゼだった。彼女の心にはランスを惑わす魔性の姫が写っていたことだろう。微笑んでいるが、内心では穏やかではない気持ちが渦巻き始めていた。
「英雄ランス様の誕生、心よりお喜びいたします。そして英雄であらせられるランス様にお願いがあってまいりました」
「お願い?」
「はい。我がエルドール王国は現在、危機にあります。どうか我が祖国をお救い頂けないでしょうか」
隣国の姫君ティア・キングダムは救援を求めにやってきた。ランスとは、盗賊に誘拐されたときにその身を助けられたことがある少女だ。
現在は少女と言えないほど美しくなった獣人族の姫がそこにいた。
「それは我が国とて同じことです。キングダム様は我が国の事情もお詳しいでしょう。ならば救援などできないこともお分かりのはず。何より我が国、いえ、ランス様があなたを助けてどんなメリットがあると言うの?」
ティアの出鼻を挫くように、ミリューゼがけん制の言葉をかける。
二人の女性で話が進んでいるが、ランスは黙ったままじっとティアのことを見つめていた。
「存じております。だからこそ、英雄であるランス様のお力ならば、我が国をお救い頂けるのではないかと恥を忍んでやってまいりました。今の我が国に差し出されるモノはありません。安定したのちであれば資源や資金の援助はできるでしょう。国に差し出すものはありませんが、差し出せるとすればこの身だけです。どうか、この身をもって我が国をお救い頂けないでしょうか」
けん制する言葉に怯むことなく、ティアはミリューゼの瞳を見つめて自身の言葉を言い切った。それに対して、ミリューゼは何か反論をしようと思ったが、ランスの手によって止められる。
「申し出は分かった。しかし、我が国も現在は開戦を控えた状態であることはわかっておいでだな?」
「わかっております」
ランスの言葉に、深々と頭を下げたティアに、ランスはため息を吐く。
「わかっていて来たということは、それほど深刻だと言うことか……」
「はい」
神妙な顔で獣人族の姫であるティアを見つめるランスの横顔に、王女ミリューゼは神妙な顔をしているが、心の中では般若のような顔でランスを見ていた。
彼は英雄であり、その心は優しいのだ。それが分かってしまうから、彼の答えをミリューゼは予想できてしまう。
「わかった。兵を貸し出そう。詳しい状況説明をしてくれるか?ただ、王国兵をそちらに預けることはできないから、俺についてきてくれた私兵だけになるが、いいか?」
「ありがとうございます」
やっぱり彼は受けてしまった。ミリューゼは心の中でため息を吐く。しかし、そんな彼を愛しているのだと自分に言い聞かせて、気持ちを切り替える。
「帝国との開戦が迫っています。どうするおつもりですか?」
ミリューゼだってこんなことは言いたくない。言いたくないが、誰かが憎まれ役にならなければ全てを救うことなどできるはずがないのだ。
「それまでには戻るよ。ここはミリューゼに任せてもいいかな?ルッツには別に仕事を頼もうと思ってるから、ここを任せられるのは君しかいないんだ」
ランスの顔を見て、ミリューゼはズルいと思った。そんな信頼しきった目で見られたら断れない。
「仕方ない人ね。わかりました。一時、第二軍の指揮権を預かります。ですが、帝国との戦いには必ず戻ってきてくださいね」
「ああ、それには間に合わせる」
ランスが立ち上がり、ティアと共に出陣の用意に取り掛かる。その後ろ姿を見つめて切ない顔をしていたのか、横に立って控えていたレイレが側に寄ってきて耳打ちをする。
「よろしいのですか?」
「止められるはずがないでしょ?彼はああいう人よ。それを好きになったのが、私」
「ミリューゼ様……わかりました。私たちはミリューゼ様を全力でサポート致します」
六羽はミリューゼを見つめて頷いていた。ミリューゼも、ただランスの帰りを待つことはしない。いつでも帝国と戦えるように、ランスに舞台を整えるのが、自分の仕事だと言い聞かせる。
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