閑話 魔剣
黒騎士は天帝の呼び出しにより、一人で帝都にある謁見の間へとやってきた。謁見の間は、階段状になっており、天帝が玉座から黒騎士を見下ろしている。
「お呼びにより参上いたしました」
黒騎士は片膝を突いて礼を尽くす。心の中では屈服していないと悪態を吐きたくなる。しかし、遥かな高みから見下ろしている威圧感は認めずにはいられない。天帝は本物であることもまた黒騎士の中では事実なのだ。
「うむ、よくぞ参った。我が騎士よ」
天帝の声一つで身震いを覚える。深淵よりも深く重みのある声に、心臓を掴まれそうになる。
「はっ。此度は先陣を任せて頂き恐悦至極にございます」
「貴殿の活躍は聞き及んでおる」
「ありがたきお言葉」
黒騎士は、ここに来る前に伝令から恩賞が下されるので参上すべしと達しを受け取った。もちろん恩賞をもらえることは楽しみである。騎士の名誉は主君を護ることにあるが、恩賞とは自分の活躍に対して主君が評価を与える行為だ。
黒騎士としても恩賞がもらえることは嬉しくて当たり前である。
「して、貴殿にわざわざ来てもらったのには理由がある」
「はっ。理由とは?」
内心の喜びなど顔に出さず、とぼけたように理由を問いかける。
「此度の働きに対して貴殿に恩賞と剣を与えたい」
「剣でございますか?」
恩賞は聞いていたが、剣とは聞いていなかったので、聞き返してしまった。黒騎士は自身の背中にあるバスタードソードを長年愛用している。そのため他の剣など考えていなかった。
「そうだ。まずは恩賞として、金3000だ。受け取れ」
「なっ!」
金3000は街一つを作れるほど莫大な大金である。さすがの黒騎士も、そこまでの恩賞をもらえるとは思っておらず、声をあげてしまった。
「なんだ?不服か?」
「いえ、滅相もありません。身に余る光栄にございます」
「何をいうか、我が帝国の将軍として貴殿は誠見事に活躍した。足りぬ、ぐらいだ。そこで、この剣を授ける」
足りぬと言った後に、一本の黒い剣を抜いた。
黒い刀身に赤い波紋が刻み込まれている。抜かれた剣を見て、黒騎士は心を奪われた。
「なんと綺麗……」
「どうやら気に入ってくれたようだな。この剣の名は 魔剣 ハーディス 冥界の王を名乗るに相応しい剣だ」
天帝に階段を上がってくるように促されて、黒騎士が一歩一歩、ゆっくりと階段を上がる。待ち受けている天帝から魔剣を受け取ると、魔剣は思ったよりも軽かった。
「軽い」
「そう感じるか?ならば魔剣も、お前を選んだのだ。その魔剣は闇魔法が付加されており、さらに特殊スキルを使うことができる。それは追々実戦で試せばよかろう」
「はっ、これほど素晴らしい剣を頂くとはありがたき幸せ。この剣、ハーディスと共に更なる活躍をご覧に入れましょう」
「期待しておるぞ」
天帝の前で一礼をして、黒騎士は階段を下りた。決して天帝に背中を見せることなく、正面を向いたまま一歩一歩後ずさる。
「用は済んだ。下がってよいぞ」
「はっ!」
黒騎士が下まで降りきるのを確認して、天帝から退出の許可が下りる。黒騎士は静かに踵を返して謁見の間を後にした。
謁見の間から出ると、闇法師が廊下に立っていた。黒いフードで顔は見えないが、昔よりも不気味さを増しているようだった。
「あの方に認められるとは、さすがは黒騎士だな。推挙した我も鼻が高いというものだ」
闇法師の言い分に黒騎士は唾でも吐き掛けたい衝動に駆られるが、ぐっと気持ちを抑え込む。
「これはこれは闇法師殿、貴殿も天帝様に呼ばれたのか?」
「我も此度の戦では少々活躍したのでな。第一の功労者は黒騎士で間違いはないがな」
枯れた声で語られる自分のことに嫌気が差してくる。せっかくのいい気分だったのが台無しだ。しかし、魔剣を手にしたことで、闇法師を見ても恐怖は感じなかった。
今までならば、闇法師を見ると不気味さと底知れない恐怖を感じた。だが、魔剣を手にしている自分ならば、どんな相手でも斬れると確信が持てる。
「いえいえ、私など。むしろ、これからの活躍に期待して頂きたい」
「ほう~それは魔剣ハーディスだな。なるほど、騎士である其方ならば相応しい一品。これはますますの期待が持てるというものだ」
黒騎士の言葉に目ざとく反応した闇法師は、黒騎士が持っている魔剣のことを見つめて語る。黒騎士は、自分よりもハーディスのことを知っているかもしれない闇法師が気に入らなくて、その場を後にすることにした。
「では、天帝様を待たせるわけにはいかない。どうぞ先に進まれよ」
「そうであった。あの方は寛大であるが、気も短くもおられる」
闇法師は、見た目とは違い、堂々とした立ち居振る舞いで歩き去って行った。
「化け物が……」
闇法師の実年齢は分からないが、黒騎士からすれば闇法師は妖怪のように思えた。
「今日は気分がいい。精々長生きすればいいさ」
黒騎士は魔剣を握り直し、戦場へと戻っていく。
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