裏切者
話は少し遡り、シーラとアイスの王国軍が巨人軍を打ち負かし、巨人軍を取り押さえた頃。
戦後処理のために巨人たちにはそのまま寝そべっていてもらうことにした。シーラはゴルドーと共に巨人たちを見張る役目を負った。
巨人たちの存在に、シーラは意識を奪われていた。そのため背後から忍び寄る敵に気付けなかった。
「シーラ・シエラルク打ち取ったり」
シーラが気づいたときにはシーラを踏みつける何者がいた。逆光の下で相手の顔が見えない。見えているのは光によって煌く銀色の剣だった。
何が起きたのかわからない。ただ、どんな状況か理解するには十分で、自分は死ぬのだと確信できた。
「亜人の頂点はエルフではない。我々こそが頂点なのだ」
亜人と言う言葉にシーラは困惑する。亜人とは、特徴のない人間族とは違い、体の部位のどこかに何か特別な特徴を持ったモノたちのことを指す。
エルフで言えば、耳や整った顔が普通のモノと違うと言われている。
シーラは自分を踏みつけているモノが自分のことを亜人と指したことに疑問を持った。
亜人という言い方は、侮蔑する意味も含まれている。それは人間族が生み出した忌むべき言葉だとシーラは思っていた。しかし、自分を踏みつけているモノは亜人であることに誇りを持ち、その頂点に立ちたいと考えているようだ。
シーラはぼんやりとする視界のなかで、ゴルドーはどうなったのかと目を彷徨わせる。頭は働くが、視界がハッキリせず、体もいうことを聞かない。
「これは正当なる儀式である」
彷徨わせた視界の端で、同胞であるエルフの首が飛んでいく。ぼんやりとしていた意識が覚醒に向かう。
「やめろ!!!」
意識の覚醒と共に、シーラは叫んでいた。叫び声に動じることなく。剣は振り下ろされる。
「なぜだ!何が目的なんだ?」
シーラの叫びに誰も答えない。ぼんやりとした視界がはっきりしてくるにつれて、同胞の首を切るモノの姿がはっきりしてくる。
「オーガ……だと……」
シーラの目に飛び込んできたのは、オーガ族の大男がエルフの青年の首を切る姿だった。王国兵はどこにいるのだ。この状況はなんだ。
シーラは必死に状況を整理しようとするが、情報が少なすぎて何も理解できない。
ただ、自分を踏みつけている人物の見当が付き始めていた。
「ドリュー殿どうしてこんなことを!」
シーラが当たりをつけると同時に、ゴルドーの叫び声が聞こえてきた。ゴルドーが無事であることにシーラは安心した。
しかし、ゴルドーが無事だということはドワーフはどうなっているのか。何より名前を呼ばれた人物が自分を踏みつけている人物だとしたら。
「ゴルドー殿、本当にあんたには感謝しかない。我々帝国兵をこうも簡単に招き入れてくれたこと、心より感謝する。我々は帝国に逆らうつもりなど最初からなかった。帝国に居れば我々は力を振るい続けることができる。これほど幸せなことがあるだろうか。オーがは力こそが全てなのだ。それをわざわざ終わらせるバカはおるまい」
武者のような佇まいと、礼儀正しさを持っていたドリューの面影は、その声のどこにもなかった。戦闘に魅入られ狂ってしまった鬼がいるだけだった。
「貴様たちは死霊王様の罠にハマったのだ。巨人族なぞ、モノを考えぬバカ。それを囮に我々を侵入させて奇襲をかける。これほど見事な作戦はあるまい?お前たちの情報は筒抜け。唯一俺に警戒を持っていたお前たちの大将も、俺の口車に乗って一人で偵察に出て行った。まぁ今頃はジャイアントにやられているだろうがな。邪魔なジャイアントごと、どこかに消えてくれたなら好都合だ」
ドリューの告白にシーラは苦虫を噛み潰す。自分はどうしてドリューを疑えなかったのか。ヨハン殿が警戒していたことを察知できなかったのか。
シーラは自分の気が緩んでいたことに悔いるばかりだった。シーラの想いとは別にヨハンとしては過去の思い出により警戒心が解けなかっただけなのだが。
ドリューからすれば、ヨハンは油断できない奴だと警戒心を抱くことになった。そのためもっともらしいことを言って、街から追い出して時間を稼いだ。
「さぁ奴が戻ってくる前にさっさと終わらせようか」
ドリューの言葉にヨハン以外への警戒が見て取れないことにシーラは気づいた。アイスはどこかで捕まっているか、殺されているのだろう。運よくヨハンが戻ってこない限り助けはこない。
シーラは自笑気味に笑みを作った。自分はいつの間にこんなにもヌルくなったのか。ヨハンがいるようになってから、すべてをヨハンが判断してくれた。
そうなってからは、代表者であることを放棄して、国境の街に作られている評議員にも参加しなかった。
「私は何をやっているんだ」
「はぁ~なんだ?」
シーラの呟きにドリューが足を退けて、顔を見てくる。初めて太陽の光がまともに当たり、ドリューの顔がはっきり見えた。それと共に自分の体を拘束しているシールチェーンも確認できた。
なら、シーラ・シエラルクとしてやることは一つしかない。
「解」
シーラ、アイス、ゴルドーしか知らない、シールチェーンのもう一つの秘密。それは特定者によるシールチェーンの解除方法だ。
この場合、ヨハンが解除するのが本当ではあるが、ヨハンはシーラ・シエラルクを信じた。所有権をシーラに託したのだ。
ドリューの犯した間違いは、シーラを捕まえてすぐに殺さなかったことだ。
「ああ?」
ただし、これにはリスクがある。シールチェーンは解除すれば、すべてが同時に解除されることになっている。
「なんだって言ってんだろ!」
ドリューが怒りながらシーラを蹴り上げる。まだ体の言うことが効かない。意識も覚醒しきっていないシーラは反応が遅れて蹴り上げられる。
「ガハッ!」
「キャハハハハ。なんだよガハって、エルフのくせに下品だぞ」
ドリューの下品な声に対して、シーラが応えることはない。代わりに地面が地響きを上げた。
「あん?」
「ふぅ~自由は良いもんだな」
ドリューが振り返った先には立ち上がった100人の巨人たちがいた。
「なっ!なんで貴様らが!」
ドリューが驚くのは一度だけではない。ジャラジャラと巨人たちと真逆の方から、鎖が落ちる音がする。
「うっ?」
ドリューが振り返ればシーラが立ち上がっていた。
「わかっているのだろうな?」
「巨人を侮辱したこと忘れてねぇぞ」
エルフ、ドワーフだけではなく、巨人も王国軍も立ち上がり、オーガたちを無力化していた。
「なっななな何が!!!!」
ドリューは状況についていけずに慌てふためく。
「いいから死になさい」
シーラの魔法が、巨人の斧が同時に振るわれ、ドリューの意識は途絶えた。
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