進言
シールチェーンの実用化を成功させるためにアイスとシーラ・シエラルクは取扱いをゴルドーに指導してもらいながら、軍単位で演習を開始した。
俺はその間に戦場になる場所を特定していく。国境の街と帝国との間には大きな岩山が存在する。
ジャイガントと一度戦った場所は二人の戦いによって更地へと化している。もともとあの場所は国境の街に近く、軍で戦う場所としては向いていない。せっかく向こうが攻めてきてくれるのだ。地形を生かした戦いをしたい。こちらが有利に運ぶのは戦略上当たり前の話だ。
「今、よろしいでしょうか?」
一人で地図とにらめっこをしていると、声がかけられる。声の主はドリューだった。
「入れ」
「御免」
入室を許可するとオークたちよりもさらに巨大な図体をした鬼、ドリューが畏まった声で中に入ってくる。
「何用だ?」
オーガの暴走を見ているためか、警戒心を解くことができずにいた。言葉が固くなっていることは自分でもわかっている。それでも体の中に魔力を溜めるのは警戒心からだろう。
「進言したいことがございます」
「進言?」
「はっ。私は元々共和国の住民でした。この地は我々にとって故郷の地。先程の作戦に対して、戦をされるのであれば最適な場所がございます」
目の前にいる鬼は、膝を突き主君に礼を尽くす武士のような佇まいでにじりよってきた。未だに暴走するオーガを想い出すが、俺は礼を尽くした相手に礼を尽くせぬ男にはなりたくない。
「教えてもらえるか?」
「はっ!では、失礼して……」
ドリューは、その巨体をできるだけ小さく見せるため、肩も丸めている。そんな姿に可笑しくなる。俺はドリューという人物を少し好きになれた。
地図の前にまでやってきたドリューは、岩山の先にある峡谷を指さす。
「ここは?」
「ここは岩山と岩山の間にある抜け道です。この辺の地理に詳しいものならば誰もが知っている人が通れる道が自然に作られております。敵が進軍して来るのも、この一本道に間違いがないかと思われます。ですからこの道の上にある岩山に兵を配置して、シールチェーンを使用すれば……」
ドリューの提案を頭の中で検討する。俺は地形の有無がわからないので、確認は必要だが有効打であることは間違いないと思う。
「この場所の地形を確認したい。すぐに行ってくる」
「はっ!では、敵の進軍速度を考えると軍を連れていくことになります。皆様にお声をかけてきます」
「そんな必要はない」
「はっ?」
俺はドリューの疑問に答えることなく自ら外に出る。足に魔力を込め、空に跳ぶ。空を飛ぶことはできないが、空を跳ぶことはできる。一気に上空へ跳躍した。風魔法を巧みに使って足場を作り、ドリューが示した場所へ空を走る。
「確かに峡谷になっているな。だが、本当に巨人たちはこの道を通るのか?ドリューは一本道だと言っていた。その意味はなんだ?」
俺はさらに先へと空の散歩を続ける。岩山の間に作られた峡谷の先には、小さな町があった。そこから岩山を越えようとすると、日差しがキツく、岩が熱せられて相当に温度になるようだ。上空にいても岩山の上はかなりの温度を感じる。
巨人族はその巨体故に日差しから身を護る術を持たない。何より水や食料の運搬もあるので荷物を抱えて石が多くある岩山は大変でしかない。
それに対して峡谷は岩山のお陰で影ができており、川が流れているので水の確保が容易にできる。何より平坦な道が続いているので荷物を運ぶのにも適していた。
「軍ほどの数を動かくなら確かに狭谷を通る一本道だな。これなら作戦に使えるな」
ドリューが言っていたことが理解できた。俺はすぐさま帰還するために小さな町に背を向ける。ついでに巨人族の姿を確認したかったが確認することはできなかった。
「まだ近くまでは来ていないようだな」
宣戦布告から考えると、そろそろ姿を見てもいいと思ったのだが。予測よりも遅いのだろう。
「ゆとりを持って行動できるな」
慎重な作戦を取るためにも念入りな準備は必要なのだ。相手が遅いならば遅いほどありがたい。
ただ、何かわからない嫌な予感が俺の背中を押す。俺は飛ぶように帰還の速度を上げる。
国境の街についたときに大きく息を吐く。
「無事か……」
朝に出た時と変わらない風景がそこにあった。俺は嫌な予感が的中していなかったことに安堵の息を吐く。
「よう。いきなりお前に会えるとは思ってなかったぞ」
俺が安堵したのと同時に背後から声をかけられる。声の主をみるべく振り返る。そこにいたのはまぎれも無く巨人族の王であり、巨人軍の総大将ネフェリト・ジャイガントが立っていた。
「ジャイガント!」
「おうよ。宣戦布告通り来たぞ。お前と決着をつけるためにな」
何故気付かなかった?国境の街に帰ってきたとき、ネフェリト・ジャイガントの姿はどこにもなかった。なかったはずなのにどうして俺の後ろに立っているんだ。
「ガハハハハ!!!ビックリした顔をしておるな。お前を驚かすために苦労したかいがあったな。さぁ~やろうか」
ネフェリト・ジャイガントの声と同時にジャイガントの後ろに巨人軍100人が姿を現す。武器は持ってはいない。いないが、100人の巨人を相手に武器の有無など関係ない。
「敵襲!!!!」
俺はできる限りの魔力で声を増幅させて街全体に響き渡るように叫んだ。
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