騎士になるには兵士から
一昔前に、恋愛シミュレーションゲームが流行ったとき、よく見られたタイトルを思い出して、やりたくなったので昔のゲーム機を引っ張り出した。
画面はドット絵で何とも懐かしい。恋愛シュミレーションゲームなのに画像は無いし、正直何が面白かったのかとやろうとしてから考える。
中世ヨーロッパらしき世界と、王国を舞台にした物語は、男心をくすぐり結構流行ったものだ。
話のあらすじとしては、主人公が田舎から騎士になるために王都にやってくる。
すぐに騎士になることはできないため、兵士となり街の人々と交流を深めていく、と言う定番的な内容だ。
子供の頃は騎士という響きがカッコ良かったり、お伽話に出てくる王女様や獣人が出てくることに興奮したものだ。
まぁ画像がない上にドット画なので、今の技術では考えられないゲームだろうな。パッケージの絵師さんが有名だったから、勝手に想像したものだ。
とまぁここまではよかった。
久しぶりにゲームがしたくて引っ張り出したのだから、ゲームの準備をして集中するためにコンビニにビールとつまみを買いに行った。
それがいけなかった。
俺はコンビニに飛び込んできたトラックによって、はねられて死んだ。最後に思ったことはゲームしたかったなぁ~と結構余裕なことを考えていた。
「おい、起きろよ」
「うん?」
「いい加減にしろよ」
声をかけられて目を覚ました先に居たのは、ボロボロの服をきた少年だった。
「誰だ?」
「おい!どうしたんだよ。俺のこと忘れたのか?まさかさっきの戦闘で、頭でも打ったか?」
少年に捲し立てられながら、体を起こすと確かにあちこちが痛い、確かに痛いが頭は打っていない。頭は痛くないのだから大丈夫だろう。 周りを見渡すと緑色の肌をして、角が生えた小人が何人も倒れていた。
「それにしてもゴブリン如きに遅れをとるとは情けないぞ」
ゴブリンと言う単語に一気に意識が覚醒する。
「ゴブリン?ここはどこだ?」
「本当に大丈夫か?ここは王都エリクドリア近郊の森だぞ。俺たちは今から王都に行って騎士になるんだろ。子供の頃からの約束だぞ。覚えてないのか?」
少年の言葉が理解できないと思っていると、急に頭の中に様々な映像が流れてきた。それは自分がこれまで育ってきた半生であり、そして目の前の少年と自分の境遇を理解するのに十分な情報が含まれていた。
「ランス……」
「なんだ覚えているじゃないか。俺の名前はランス。そしてお前は……」
「ヨハン」
「そうだ。お前はヨハン。俺の幼馴染で、俺たちは子供の頃から騎士になるって約束しただろ」
思い出したというか、覚醒したというか、どうやら俺は死んだことで転生したらしい。
それも、俺が死ぬ前にやろうとしていたゲームの中に、『騎士に成りて王国を救う』通称キシナリに登場しなかったキャラに転生したのだ。
確かに主人公には幼馴染がいた。しかし、その幼馴染は王国に向かう途中で、モンスターの集団に襲われて命を落とすというシナリオになっている。
主人公は幼馴染の分も必死に騎士を目指すという裏事情も後から分かり、ヒロインとの話に組み込まれていたはずなのだ。どうやらその幼馴染に転生してしまったらしい。
「全部思い出したよ」
「よかった。隊商は逃がしたけど、二人で戦っている途中で、お前がやられて焦ったよ」
「悪かった。もう大丈夫だ」
「そうか、まぁ、念のために街についたら治療師のとこにいこう」
「バカか!治療師なんていけるかよ。金貨一枚なんて払えるか」
ゲーム内でも出てくる治療院はバカ高い。駆け出しの間は苦い薬草を拾い食いでもしなくては金がいくらあっても足りない。
「確かにそうだな、てか本当に大丈夫そうだな」
ランスも動揺していたらしい。心配してくれるのはありがたいが、俺は自分のことを整理するので精いっぱいだ。
「とにかく戦利品のゴブリンの耳を持って行こうぜ」
「そうだな」
俺はゴブリンに近づき、吐き気を覚えた。目の前に人の形をした死体があるのだ。どうやらこの世界のヨハンと元の世界の俺が上手く融合していないらしい。人型のモンスターの耳を削ぐのが躊躇われた。
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
腰に差しているナイフを抜いて耳を削ぐ。今まで当たり前にやってきたと記憶は言っているのに、体は拒否反応をするから、かなり疲れた。
「本当に大丈夫か?顔色悪いぞ」
「大丈夫だって」
俺が返事をすると、ランスも「そうか」といって気にしていないようだった。全てのゴブリンの耳を回収したので、腰袋に詰めて街へと歩き出す。
「馬車に乗れないと……後1時間はかかるな」
「仕方ないだろう。それまでに遭遇する低級モンスターでも狩りながらいこうぜ」
馬車で走れば20分の距離も、警戒しながら歩く俺たちでは1時間はかかってしまう。
「そうだな。修行しながら行かなくちゃ俺たちなんて、すぐにやられるもんな」
ランスの言葉にチュートリアルがないかと思ったが、何も出現しなかった。では、ステータスが表示できないかと念じてみる。
この世界の住人になってしまった自分では、意味がないのかとステータスのことを考えていると、右目にアイコンが表示された。
ドット絵のゲームが進化したものだと思いながら、アイコンを操作しようと右手を上げるが押せなかった。
「うん?」
「どうかしたのか?」
「いや。気にしないでくれ」
どうやら空中に浮いているというわけではないらしい。俺の右目に表示されているようだ。なら頭で操作するのか?アイコンを押すと思ってみる。アイコンが開き、今度はステータス画面が表示される。右目いっぱいに広がる情報に奇声を上げてしまう。
「うわっ!」
「なんだよ。お前さっきからおかしいぞ」
「いいから、とにかく周りの警戒を頼む」
「はいはい。わかった、わかった」
ランスに周囲の警戒を頼み、ステータスに集中する。
名前 ヨハン
年齢 14歳
職業 冒険者(ランクC)戦士
レベル 10
体 力 76/120
魔 力 17/17
攻撃力 100
防御力 89
俊敏性 121
知識力 3
スキル 斧術、3/10
スキルポイント 10
思いっきり戦士職向きなスキルだな、おい、魔力の最大値17って低すぎ、知識3ってアホすぎるだろ。遊んでたり戦ってる記憶はあったけど、勉強した記憶が1回もない。
ヨハン、お前は字も書けないのか、計算も出来ねぇ~じゃねぇか、自分の体に怒鳴っても始まらないが、言わずにはいられなかった。
「さっきから何してるんだ?顔が七白鳥みたいに変わってるぞ」
七白鳥とは、吉報を告げる鳥と言われているが、実際は喜怒哀楽を表現する珍しい鳥なのだ。
「誰がアホ面だ」
また七白鳥が、喜怒哀楽を表現していないときはアホ面をしている。
「そっちの意味じゃねぇよ」
そのため七白鳥を意味する時は、アホ面と顔の表現が多いことを意味する。
「紛らわしいわ。俺はバカなんだ」
アホは怒るくせに自分をバカだとは認めている。
「悪かったよ。それで難しい顔をしたり、笑顔になったり、急に怒ったりなんなんだ?」
「ああ、別に色々体に異常がないか確認してただけだ」
「それならいいが、とりあえず、最後の戦闘だ。門は見えてるど、それまでにゴブリンが三体いやがる」
ランスの言葉に小鬼を目視できた。緊張しながら背中に担ぐ、斧に手を添える。
「俺が二匹やるから、お前は残りの一匹を頼む」
主人公様は格好いいことで、まぁありがたく一匹を相手にさせてもらうぜ。
「いくぞ!」
ランスの掛け声で、俺たちは駆け出した。ランスはゴブリン三匹の真ん中に突っ込み、一匹を斬り倒す。反撃に出ようとした一匹に俺が斧を振り下ろした。無我夢中だった。必死でやらなければ自分たちがやられる。
ゴブリン達も俺たちを嘲笑う顔をしたいたのが、必死な形相になったが、すでにランスが一匹を倒しているので、俺も目の前の奴に再度斧を振り下ろす。
「ハァハァハァ、なんとか終わったな」
「ハハ、おう。息切れしすぎだな」
ランスに笑われながら、俺は自分が生きてると実感できた。初めての戦闘を終えて、この世界で生きて行かなくちゃならないんだ。そう思うと、ヨハンであった自分と融合していった気がした。それまであった体の違和感はなくなり、吐き気も起きなくなった。
「俺はこの世界で生きて行くぞ!!!」
「おう!早速街に行こうぜ」
「おうよ」
街の門に向かえば一緒にここまできた隊商が門のところにいた。
「あれって俺たちが護衛していた隊商じゃなぇか?」
「そうみたいだな」
「どうしたんだろうな?」
「隊商は入るのに検閲があるからな。検閲待ちじゃねぇか?」
ランスは俺よりも知識力が高いらしい。ヨハンの記憶に検閲なんて言葉は検索できなかった。
「そうか、俺たちはどうするんだ?」
「そうだな。隊商に護衛成功の判をもらって冒険者ギルドにいこうぜ」
騎士になるのが目的だが、お金も稼がなければならない。俺たちは成人と認められる12歳のときに冒険者登録を済ませた。地道に仕事をこなして、今ではCランクまでランクを上げることができた。Cランクからは隊商の護衛ができるようになるので、やっと俺たちは他の街へ護衛として旅立てるようになった。
「判をもらってくるから並んでおいてくれ」
「わかった」
俺たちの方も王国内に入る人たちで、列ができている。ランスはすぐに戻ってきて、丁度順番も俺たちの番になった。
「隊商の護衛で参りました。冒険者のランスです。ランクはCです」
「同じく護衛として参りました。冒険者のヨハンです。ランクはCです」
門番に冒険者ギルドの証明書を見せながら話をする。身分書ということだ。
「よし、通っていいぞ。ようこそ王都エリクドリアへ」
門番の言葉を尻目に門の中に入って行く。王都エリクドリアは、城壁に覆われた立派な城下街があり、東西南北に門が設けられている。
中心部にはエリクドリア城が立っていて、エリクドリアは王城を中心に、城に近づくほど身分が高くなり、外堀は商人や普通の人々で賑わっているのだ。
「スッゲ~な!」
「そうだな。本当にデカい」
「ああ、広いな」
二人は呆然と街並みを眺めた。田舎者丸出しの二人だが、この日から二人の騎士を目指す日々が始まるのだ。