#4
《1989/8/30 PM0:54 スイス WDO世界防衛機関本部》
「バカバカしい……いいかげんにしろ!!」
記者陣の後方にいた一人の男の記者が声を張り上げた。
「超能力? 魔法? 一体ここをどこだと思っているんだ! ネットじゃあないんだぞ! そんなホラ吹き話は他所でやれ!」
その言葉が発火材になったのか、次々と他の記者が立ち上がり、アルフォンソをなじり始めた。
「そうだ!この質問は今回の会見と関係ない!」
「時間の無駄だ!」
その勢いにアルフォンソは圧倒されつつも、決して座ろうとはしなかった。
いくらか批難はされるだろうと予想はしていた。編集部であんな記事が書けたのも、ひとえに編集長の裁量であって、決して同僚や上司からの評価は良くなかったことはアルフォンソも感じてはいた。
しかし、アルフォンソの方も負けるわけにはいかなかった。ここで話題を切り替えさせられたら、もうチャンスは二度と来ないだろう。奴らの秘密を暴く一度きりのチャンス、自分を唯一認めてくれている編集長が与えてくれたチャンスである。無駄にするわけにはいかない。
責め立てられても微動だにしないアルフォンソに、記者達の罵詈雑言はますますヒートアップし、いよいよ会場が混乱に包まれようとしてきた、その時だった。
「騒ぐなッ!」
会場に響いたひときわ大きな声に、それまで罵声を吐いていた記者達は一斉に静まり返った。
記者達は声のした方向に視線を注ぐ。声の主が、1人の記者がゆっくりと立ち上がろうとしている。アルフォンソはその男の顔に見覚えがあった。
金髪と眼鏡。WDO本部に入ってすぐ会った、落とした漫画を拾ってくれた金髪の記者だ。
「批判なら会見の後でも好きにやればいい……が、今は彼が質問をしているんだ。他の奴らが口出ししていい時間じゃあない!」
金髪の記者の言葉に、他の記者は渋々ながらも黙って元の席につく。金髪の記者も座ると、アルフォンソをじっと見つめた。
真剣な眼差し。事の顛末をしっかり見届るつもりなのだ。
アルフォンソは金髪の記者に頭を下げると、すぐさまテンヌィスの方に向き直った。
金髪の記者が場を整えてくれたとは言え、戦局は泥沼と化しつつある。
ここは一気に勝負を決める必要がある。アルフォンソは特大の爆弾を机上に持ち出すことにした。
「……気になっている点がもう1つあります。作戦終了後の中東やアフリカで、一部の反乱兵の行方が分からなくなっています。戦死した人達じゃあないんです。ちゃんと捕虜として政府が管理していた筈の兵士が行方不明になったのです」
「……それは、そこの政府の管理問題では? 我々には無関係だ」
答えるテンヌィスの顔はいまだ冷静を装っているが、内心穏やかではない。
今現在、この会場の多くの記者はアルフォンソの考えに否定的だ。だがその勢力図は、テンヌィスの一言で一気に逆転しうる可能性もあるのだ。熟考を欠いた返答は自らの首を絞めることとなる。多大なプレッシャーがテンヌィスを襲っていた。
「いえ、それが違うんです。調べを進めていくと、行方不明になった捕虜に共通点がありました。——彼らは皆、科学では説明のつかない、不思議な力を持っていたと噂されていました。敵兵の位置を感覚で察知できる者、手に磁石のように金属がくっつく者、砂上の移動が異常に素早い者……力の大小はあれど、行方不明になった者は皆このような不思議な力を所有していました。この情報は多数の捕らえられた反乱兵や反乱兵の家族、直接戦闘を行っていた政府軍の兵士、反乱軍に捕虜にされていた民間人それぞれに窺った話で、嘘をついているとも、口裏を合わせているとも思えません。その能力を実際に使用している映像も入手しています」
「……よく調べました、と言いたいところですが……全く話が読めませんね。それで、何が言いたいんです?」
「重要なのはこの状況が、不思議な力を持った敵兵士の失踪が、WDOが作戦を終えてその地から撤退したと同時に起こっていることです。……私は、あなた方が彼らをヘッドハンティングしたんじゃあないかと推測してるんですよ」
記者達が再びざわめき始めた。特大の爆弾。もしその各地の超能力者と呼ばれる兵士達の失踪がWDOの撤退と同時に起こっているとしたら、WDOの関与を疑わざるを得ない。
それだけではない。仮に超能力というものが存在しなかったとしても、兵士――それも反乱を起こした人間の失踪にWDOが関わっていることは事実なのだ。
「……」
テンヌィスはひとしきり黙った後、机上のマイクを掴むと、やにわに立ち上がった。不意の行動に記者達は目を丸くした。アルフォンソも、テンヌィスの一挙一動を見逃すまいとじっと見つめている。
ざわついていた会場はいつの間にか静まり返っていた。会場にいる全ての人間がテンヌィスの言葉を待ち望んでいる。
立ち上がったテンヌィスの表情は、不敵にも微笑んでいた。
「アルフォンソさん、貴方の言っていることは……」
返答の代わりに耳に飛び込んできたのは、鼓膜を破らんばかりの轟音だった。
同時に地面が上下に揺れ、照明が点滅する。カメラやマイクの機材が倒れた。
会場にいた記者や警備の兵士達は一斉に腰をかがめた。振動に耐えられず派手に転倒した者もいる。
アルフォンソは真っ先に地震——だと思ったが、日本ならともかくスイスに地震なんて滅多に無い。
こんなに大きな地震なら尚更だ。
しばらくして揺れが収まったかと思うと、今度は廊下の外で何やら喚く声と、金属の弾ける音がした。
記者達は何が起こったのか分からず右往左往していたが、アルフォンソはこの音に聞き覚えがあった。
銃声。連続で轟くこの音は間違いなくマシンガンの銃声だ。
銃声が響き始めたのとほぼ同時に、廊下から1人のWDO兵士が飛び込んできた。ひどく切羽詰まった顔だ。あまりにも突然の出来事に記者陣はざわめくこともなく、兵士を見つめる。
「……何があった」
テンヌィスの質問に、兵士は呼吸を整える為、一瞬だけ間を置いてから口を開く。
「し、襲撃です! 敵の数は不明!」
「……何だと?」
テンヌィスは静かにそう呟いたが、その顔は驚愕の色を隠しきれていなかった。
♦︎
新築の廊下から響くのは銃声と荒れた足音。会議室に響くのは逃げ惑う記者達の阿鼻叫喚の声。それらがことごとく混ざり合っていて、騒音とも表現できない何かが生まれつつある。
平和を謳うはずの組織の本部は今、戦地と化していた。
戦場ではいつだって何の関係もない一般人が犠牲となる。今回も例に漏れず、取材しに足を運んだだけの何の罪もない記者達が命の危険に晒されていた。
戦地への取材に慣れている記者もいただろうが、それはあくまで戦場へ行く覚悟と、それなりの準備があってのことだ。会見だけで終わる筈の今回の取材に命を捨てる覚悟をしている記者などいるはずもなかった。
唯一記者達にとって幸運だったのが、WDOが一般人をも犠牲にしてまで勝利を得るような集団ではなかったことだ。
テンヌィスは右手を振って合図を送ると、そばにいた5,6人の兵士達を集合させた。
「記者達を裏口に避難させろ、これが最優先だ。手の空いてる兵士は直ちに迎撃準備。よほどのことがない限り敵は殺すな。身元を確かめる必要がある」
テンヌィスが素早く指示をだすと、兵士は命令通りに行動を始めた。
「皆さんこちらに!」
1人の兵士が示した避難経路にパニック状態の記者達がなだれ込む。
兵士の案内した裏口は、記者達が会見前に入ってきた正面の入り口よりもずっと狭く、大勢の人間が一度に通れるような大きさではない。が、逃げるには通らなくてはならない道だ。記者達は我先に命の安全を求めて、まるで仏の垂らした糸に縋るように押しかけた。
アルフォンソもその混沌に乗じろうとして——金属の塊が床に落ちて転がる特徴的な音を耳にした。
「グレネード!!!」
アルフォンソと兵士が叫んだのはほぼ同時だった。
アルフォンソが倒れていたテーブルの裏に身を隠した直後、爆発音と爆風と閃光が辺りを包んだ。
続けざまに敵兵が会議室の入り口から乗り込んできて、部屋じゅうに銃弾を見舞う。
アルフォンソは敵が銃弾をリロードする隙を窺って、テーブルの影から敵の姿を確認した。ガスマスクのような覆面に、全身白の戦闘服で銃をいくつもぶら下げている。数は目視できるだけで3,4人だが、他に仲間がいるだろう。
そうでなければこんな規模の襲撃などできる筈が無い。
既に床には何人かの記者や兵士の死体が転がっていて、アルフォンソはそれを見て顔をしかめた。
死体に耐性が無いわけではない。以前紛争地帯に取材に行った経験もあって、アルフォンソが死体を目にするのは初めてのことではない。
だが、いくら見ても気分のよくないものだし、できれば見たくないものだ。
ともかくここから何とかして脱出しなくてはならない。正面の入り口は敵が陣取っている。部屋の反対側には裏口があるが、敵の銃撃が激しすぎて身動きできるような状況ではない。
ちょっとでも身を浮かそうものなら、あっという間に蜂の巣だ。
「……無事か?」
次の行動を思案していた時、横から声がした。振り向くと、テンヌィスが同じテーブルに身を隠している。
アルフォンソは頭を上げないようにして、ゆっくりテンヌィスに近づいた。
肩が触れるくらいの近さまで来て、アルフォンソはテンヌィスに尋ねた。
「一体敵は何者なんだ? 目的は?」
「何も分からん。だが警備をかいくぐってきた辺り相当の手練だろうな」
そう言いつつテンヌィスは手に持ったハンドガンをテーブルから出して、牽制射撃する。ノールックだが効果があったらしく、敵の銃撃が一瞬止んだ。なかなかの腕だが、いかんせん武器が貧弱すぎる。敵を掃討するまでにはいかない。
そもそも、今日はただの記者会見で終わるはずだったのだから、大層な武装が用意できてないのは当然だが。
アルフォンソは考え込むように下を向いていたが、やにわにテンヌィスの肩を掴むと、顔を近づけて言った。
「もう一刻の猶予もない、早く兵士に超能力を使わせるんだ! 中東でやったように!」
必死の懇願だった。その言葉には一切の戯言も嘘も無かった。
だがテンヌィスは迷惑そうな顔でアルフォンソの腕を振りほどく。
「……そんなものはない」
アルフォンソの顔から目を背け、吐き捨てるように言い放った言葉。
もはやテンヌィスが嘘をついていることは明白だった。
素人目から見ても何か後ろめたいものを隠している表情、だが頑なとして真実を語ろうとはしない。
そんなテンヌィスの言葉に、アルフォンソは自分の置かれている状況も一瞬で忘れさり、無意識にテンヌィスの胸倉を掴んでいた。銃弾で命を失うことよりも、怒りで全身が焼け死にそうだった。
「民間人よりも自分達を守ることを優先するのか!? そんなに秘密が大事か! なにが平和維持だ!」
今にも殴りかかってきそうなアルフォンソの剣幕に、テンヌィスは驚いた。
痩せ形に眼鏡という、いかにもデスクワーク系の見た目からして、これほどまでに熱い男には見えなかったからだ。しかしテンヌィスのほうも易々と引き下がらない。
「やめろ、アルフォンソ……」
「そんなに秘密にしたいのならいいぞ! 僕は誰にも喋らない! だから早く皆を助けろ! 早く使えッ!」
「使えないッ! できないものはできないんだ、さっさと逃げろ!」
「く……」
テンヌィスの強固な姿勢に歯噛みするアルフォンソ。
だが、これだけしつこく問いただしても答えが得られない以上、このままテンヌィスの身動きをとれなくさせるのは非常にまずい事だった。副司令官としてテンヌィスは他の兵士に指示を飛ばす役割がある。
渋々ながらもアルフォンソは命令に応じるしかなかった。
テンヌィスの援護射撃で敵の動きが止まった隙に、アルフォンソは一気に裏口へ滑り込む。敵の銃弾が頭の上を掠めたが、気にしている暇などない。止まれば敵の格好の的だ。
「階段で上階へ登っていけ! 敵を食い止めていられるうちに、登れるだけ上へ!」
テンヌィスの言葉を背中に受けつつ、アルフォンソは照明の落ちた薄暗い廊下を、階段へ向けて走り出した。
その後ろ姿を見届けたテンヌィスは、それまで胸に溜め込んでいたものを吐き出すかのように、息をついた。
アルフォンソの追及に、敵の襲撃。予想外のことが起こりすぎて思わず挫けそうだったが、とりあえずは一安心といったところか。
この後、アルフォンソをどう説得するかは後で考えるとして、まずはこの事態を収束させなければならない。
そう思いながら、テンヌィスはおもむろに手元の銃を投げ捨てて敵の眼前へ躍り出た。
テンヌィスの予想外の行動に、敵兵は動揺し一瞬動きを止める。
「秘密、か」
ふと、アルフォンソの言葉を繰り返す。思えばあのように胸倉を掴まれて怒鳴られた事など、ついぞ無かったかもしれない。
彼の口元には、会見で見せていたものとは全く別の、不敵な笑みが浮かんでいた。
そんなテンヌィスに向かって、敵の銃弾が容赦なく襲う。
「誰だって秘密の1つや2つあるさ」
その銃弾の悉くが、テンヌィスの眼前で動きを停止させ、地面に転がった。




