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The twain Swords  作者: アレフティー
vol.1「序曲:紅い大罪人の到達地点と時剋:1989」
2/9

#1



《1989/8/30 AM11:30 スイス WDO世界防衛機関本部》






 WDO本部はその身をアルプスの山脈に連ねるように、その山々に身を隠すように屹立していた。


 つい最近完成したばかりの、新品同然の屋舎は周りの白銀の山に溶け込むように白く、まるで中世のおとぎ話に出てくる要塞のようだ。とは言っても似ているのは外観だけで、実態は甲冑を着込んだ騎士の代わりに、近代兵装に身を包んだ兵士が、これまた近代的な様相のする内部施設で生活するのだが。


 かつて共和制ローマの時代にアルプスを越え、イタリア半島に攻め入ったハンニバルがこれを見たら、さぞかし腰を抜かすことだろう。




 WDO正面ゲートの前の身体検査は、かなり入念に行われていた。


 ありふれたガラス製の自動ドアの前には、銃器を持った兵士が仰々しく立っている。そこから植物の根の如く記者達がそれぞれ列をつくって、順番を待っている。記者一人一人の機材からテープレコーダー、煙草やライターに至るまで、警備兵が厳密にチェックをして通す。

 近未来風のメインエントランスには金属探知ゲートが設置されており、それだけでも危険物を持ち込もうとする人間を弾くことができるが、機械では心もとないという判断だろう。


 通常、軍事基地と同じく一般人の立ち入る事のならない場所、それも記者限定とはいえ初めての民間人に対する公開だ。半ば聖域と言っても過言ではない。それだけに警戒に力が入るというものだ。




 身体検査を終え、その聖域内に足を踏み入れたアルフォンソ・エトワールは、新築ビル特有の工業的な匂いのする空気を肺一杯吸い込み、吐き出した。


 何もかもできたての場所で、自分も生まれ変わったかのような錯覚を起こす。WDOの兵士達は、この建物に初めて入って何を思ったのだろうと、アルフォンソは想像した。


 これから始まる新たな生活に高揚した面持ちでいたのか、ただ生活場所が変わっただけだと、あくまで理性的に受け止めたのか。どちらにしろ今回の国連の下部組織化で、彼らの立場は大きく変化した。是非ともそのところの心境をインタビューしたいのだが。生憎と正面ゲートで警備している人達以外に暇そうな兵士はいなさそうだ。


 会見までの時間もない。仕方なく、アルフォンソは会場へ急ぐことにした。




 世界防衛機関——World Defense Organization——縮めてWDO。世界平和と紛争根絶を掲げ、武力を持つ国際機関。それだけでも異例だというのに、さらにその判断は安保理に影響されず、独自に武力行使できるというのだから驚きだ。


 WDOという組織の原型は、もともとは大戦後にできた一つの企業であった。

 いわゆる民間軍事会社である。


 大戦終結で行き場のなくなった兵士や傭兵を雇用し、警備や輸送、小国の軍隊の指導を行う。

 そこまでは軍事企業として一般的だが、彼らの変わったところは、利益よりも平和的解決を優先する点だ。

 直接戦闘では敵兵の殺傷は最小限に留め、いくら利益が出る戦闘でも規模が大きすぎると判断すれば拒否する。なんでも社長の理念に則っているらしい。

 

 民間軍事会社は少しずつだが、着実にその人員を増やしていった。企業には様々な人種や思想の兵士がいたが、衝突して抗争や事件に発展するようなことはなかった。兵士達はあくまで平和的な解決を第一目標とし、そこに異なる思想や主義は入り込まない。そこにあるのはただ一つだけ、地球人としての地球単位での主義思想。


 一歩間違えればカルト集団と思われそうな思想だが、そこに国連は目をつけた。主義の入り乱れる安保理がうまく機能しない一方、これまでの主義を捨てて、思想を1つにした民間軍事会社。

 国連は社長に話を持ちかけた。利益や地位の話ではなく、世界平和の話だ。社長は承諾し、WDOが出来上がった。そして設立に際して、兵士達に提供された新たな住居兼職場がこの建物だ。


アルフォンソは、これから平和の礎にもなろうという場所に立っているのだった。



♦︎



「君、ちょっと」


 会見会場に向かおうとすると、突然後ろから呼び止められた。

 警備兵かとアルフォンソは一瞬身構えたが、振り返ると声の主は、金髪のメガネをかけた、記者の一人だった。初めて会う人物だ。知り合いでも顔見知りでもない。困惑するアルフォンソに対して、金髪の記者は右手に持っていたものを差し出す。


「落したぞ、君のだろう?」


 彼が手に持っていたものは、漫画の単行本だった。

 確かに、アルフォンソが移動途中に読んでいたものだ。そこでアルフォンソは、肩下げの鞄を閉め忘れているのに気がついた。恐らく落すところを後ろから見ていたのだろう。


「ああ、ありがとう」


 そう言って本を手に取る。が、本を掴んでも向こうは離そうとしない。何事かとアルフォンソは金髪の記者の顔をまじまじと見つめる。


「それ、日本のマンガだろ? こんなとこに持ってくるもんじゃないだろ」


 突然の批難、だがアルフォンソはそう言われるのを予期していた。大事な記者会見に漫画を持ち込んでるのだ、責められても仕方ない。アルフォンソは肩を竦め、最もらしい言い訳を返す。


「いやぁ、ここにくるまで時間潰しに読んでて……」


 その言葉は、半分真実で半分嘘だ。機内やバスの移動中での暇つぶしに読んでいたのは確かだ。

 

 だが単なる暇つぶしの道具、かと言われればそれは違う。


 どう違うかというと、アルフォンソはこの漫画の熱心な筋金入りのファンの一人なのだ。

 既刊全2巻を少なくとも50回は読み直した。それほどまでにストーリーに深みがあり、個性豊かな脇役達が魅力的で、そして何と言っても主人公の在り方。正義や悪という概念を投げ打ってでも、身を粉にしてでも仲間を守ろうという強い意思。

 自分もこんな勇気あふれる人間だったらとつくづく思う。こうやって漫画や小説の主人公に感化されることが、アルフォンソには幼い頃からあった。


 だから自分の大好きな物語を、弁解とはいえ暇つぶしの道具と言わせたことへの不機嫌が顔に表れていたのだろう。金髪の記者は本から手を離すと、穏やかな表情をしてわざとらしく両手を振った。


「そう怒るなよ、実は俺もそのマンガのファンなんだ。主人公の普段と本気の時のギャップ! やるときはやる男ってカンジ? あれがイイんだよ〜。それに出てくる女の子達も皆かわいいよなぁ〜。 そうそう、2巻のさ、闇に堕ちた魔女を救う主人公! あれはかっこよかったよなぁ!」


 金髪の記者の意外な言葉にアルフォンソは驚いた。漫画なぞ興味のなさそうな外見なだけに尚更だ。確かに日本のマンガとかアニメは海外でも人気があるが、この漫画が海外に出ていたとは知らなかった。彼の言葉にもでたらめはない。


 だが一つ訂正をするならば……


「魔女じゃない、魔法使いだ」


「あ……そうだっけ」


 金髪の記者は周りの目を憚らずに笑った。つられてアルフォンソも笑ってしまう。

 そういえば漫画について他人と語り合うことはあまり無かったな、とアルフォンソは思った。仕事場では大体真面目な話しかしないので、同僚からも漫画なんか読まないだろうと思われているのかもしれない。一人で黙々読むのが好きなタイプなので、同僚にそういう話を持ち掛けたことはないのだ。


「……と、時間がないな。会見が終わったらまた話しようぜ?」


「ああ」


「それと、読み過ぎもほどほどにな」


 そう言って金髪の記者はメガネを上げる仕草をする。確かに、アルフォンソの眼鏡はド近眼用の度が強いものだが、マンガの読み過ぎでそうなったと言われると、そうではない。仕事のせいだ。そもそもそっちだってメガネかけてるじゃないか、人のこと言えないだろ、とアルフォンソは口にこそ出さなかったが、内心不満げだった。


 金髪の記者は仲間のカメラマンと共に、人だかりの会見会場に消えていった。後で彼とどんな話をしようか。そんな考えに一瞬囚われて、慌てて頭を振る。

その前に大事な仕事がある。場合によっては彼とは再会できないかもしれない。






 今日、アルフォンソはWDOの裏を暴きにきたのだ。









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