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私の不思議体験 夢とうつつの狭間で……2

「恐怖体験」というよりも「不思議体験」ですので、ホラーが苦手な方でも大丈夫だと思います。(多分……)

私の家庭事情の一端なども分かりますので、ぜひご覧いただきたいです。

 それでは、私の一番初めの不思議体験をお話したいと思います。


 あれは、確か中一の頃だったと思います。

 外はオレンジ色っぽくなっており、人々がまだ活発に活動している時間帯でしたので夕刻頃だったと思います。私はベッドに入り、昼寝をしていたのです。


 すると突然、ぱさっという音がし出して目が覚めました。それは、私の布団から発せられていたものでした。しかも音が鳴る度に、そこの部分をポンと軽く叩かれているような感覚がしたのです。

 「なんだろう?」とは思ったのです。ですが、時々母が布団をしっかりと体に被せるようにポンポンと叩く事があったので、今回もそれなのかなと思っていました。しかし、それは中学生になってからはほとんどされた事は無く、その上、夕刻時の時間帯では初めての事だったと記憶しています。

 

 まず始めに、左胸のあたりからポンと叩かれました。いえ、それは「叩かれる」というよりも、「とても軽い小さな子供に歩かれている」という表現の方がしっくりくるものでした。

 それに気が付いたのは、ポンとされている部分がぐるりと私の体を一周したためでした。

 左胸から始まり、左わき腹、左足、それからぐるりと方向転換して右足へ。そして今度は、右わき腹、右胸へと、その音はおよそ十回程度ポンと叩きながら(歩きながら?)音を鳴らしていきました。

 私の右耳の近くで発したのを最後に、その音は消えました。ですが、確かに叩かれた感触は体にしっかりと残っていたのです。


 あれは、未だに何だったのか分かりません。一階には母がいたのですが、なぜだか何となく聞きづらく、事の真相を聞いてはいません。

 ちなみに、私が寝ていた頭上の壁向こうには妹の部屋がありました。もしかしたらソレは、あの後、妹の部屋へと入って行ったのかもしれません……。




 それからもう一つ、祖父との話があるのですが、これは全く関係ないかもしれませんし、とっても関係のある話かもしれません。これも、私自身はっきりしないのです。



 私は大学時代、二か月間という短い期間ですが、オーストラリアへホームステイを兼ねた語学留学をした事があります。

 出発前なのですが、父から「おじいさんに顔を見せてやってこい」と言われたので、同じ敷地内に建っている古い家へと向かい、すぐ隣に住んでいるというのに久方ぶりに顔を合わせました。私が小六の時までは共に一つ屋根の下で暮らしていたのですが、その後、私や父、母、妹は新築の方に移り住んだのです。

 既に私の祖父は、認知症の人のような顔つきになってしまっており寝たきりの状態でした。ですがホームなどへ入所する事はせず、自宅での療養をしていたのです。

 けれど、私の顔を見た祖父はニコッと笑ってくれました。未だに、その表情は覚えています。


 私の家族は、決して良い家庭とは言えないものでした。

 父と母による金銭問題を中心とした連日連夜の大喧嘩や嫁・姑問題(私から見れば母と祖母)。父のストレスを私へぶつけられた事もありますし、妹の方が贔屓されているとも感じていました。実際に昔、母は「父は、みつのことを可愛がらなかった」と言い放ちました。もちろん私へ向けてです。ですから、私は未だに父が嫌いです。また、それを聞いた私がどう思うかなど母は考えられない人でした。

 これは、現実の友人たちには話せない現状です。きっとこれからも、打ち明ける事は出来ないと思います。

 そんな家族でした。


 ごめんなさい。少し、話が脱線してしまいましたね。


 とにかくこんな家庭でしたので、祖父や祖母と家が離れてからはますます交流が無くなっていったのです。数日顔を合わせないなんてざらでしたし、祖父が動けなくなってからは数か月会わないなんていう事もあったくらいです。

 その為、顔を合わせに来たのはいいものの、何だか気恥ずかしく「二ヵ月位で……」と思ってしまい、あまり乗り気にならなかったのです。



 ですが、その時の私は知らなかったんです。それが、今生の別れになってしまうだなんて……。もしかしたら父は、何となく分かっていたのかもしれません。



 私がオーストラリアへホームステイを始めて、一月半程でしたでしょうか。

 ホストファミリーの家のベッドでいつものように寝ていた時、ふと目が覚めてしまったのです。恐らく、明け方の四時から五時頃だったと思います。急にパタ……パタ……という、絨毯の上をスリッパで歩く時と同じような音がしたのです。「ホストマザーかな?」とも思ったのですが、未だ皆が寝静まっている時間にわざわざ私の部屋にやってくるでしょうか……?それに、彼女はそんなデリカシーの無いような事をする人ではありませんでした。

 その時の私は窓辺の方へ体を向けており、入り口側から聞こえた足音の方は体を動かさない限りは確認する事は出来ませんでした。ですが、恐くて恐くて、そんな勇気ありませんでした。その時は、「あ、来た……」と、何となく要らぬ直感が働いた気がしたんです。

 この足音は、五回程度聞こえました。しかも、私の直ぐ背後で止まった気配を感じました。


 暫くした後、緊張感が解けていきました。「もう大丈夫かな」――そんな風に感じた時は、大抵恐怖が過ぎ去った時なのです。

 その後は再び眠ったのか、それとも朝まで起きていたのかよく覚えていません。ですが、この時の体験は今でも克明に覚えています。



 それから無事留学期間を終え、日本へ帰国して家族に迎えに来てもらいました。そして、その車中で聞いたのです。〇月〇日に、祖父が亡くなっていた事を……。

 父や母は、私へと連絡するのは、要らぬ心配をさせるかもしれないからやめておこうと思ったそうです。


 私は、祖父の葬式や納骨さえも見届ける事が出来ませんでした。あんな最低な別れ方をしてしまい、今でも後悔しています。別れ際、手を触れるだけでもしてあげれば良かったのに、と……。

 これを書いている今も、涙が溢れて来てしまいそうになります。


 それから車中で聞いた〇月〇日という日なのですが、「あれ?もしかして……」と感じたのです。私は何度か不思議な体験をしているのでいちいちメモなど取っていなかったのですが、その日付があの日の出来事に近いような気がしたんです。この時ほど、しっかりメモしておけば良かったと思った事はありませんでした。

 それに、「近い気がする」だけで「本当にそうだ」という確証もありません。



 けれど、もしも日本とオーストラリアという約5,500kmもの距離を超え、祖父が私に会いに来てくれていたのだとしたら……。

 私は、そんな風に考えています。



 冒頭でもお話した通り、この話は祖父と全く関係ないかもしれませんし、とっても関係のある話かもしれません。


 ですが、どこかで信じている自分がいるのです。

 「おじいちゃんは、最期に私の顔を見に来てくれたのだろう」と……。







祖父の話を書き終わった後、これをベースにしたホラーや文学系の小説を書いてみるのもいいかなと思いました。

気が向いたら書いてみようと思います。

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