棺桶電車とやるせない日常、これにて終点。
月曜日、17になる少女は溜め息を吐いた。
少女は歩く、そして今日も棺桶に乗る。
こんなはずじゃなかった。
そう言えば全部救われる気がする。
誰にでも優しい気さくな好青年も、心の底から親友だと言える友達も、腐れ縁の幼馴染みも小説の中だけの存在。真っ白い人は居ないけれど心の真っ黒な極悪人も居ない。代わりにみんな灰色で、みんな何処かで後ろめたい事をしている。
そして、私もその1人。私の罪状は『傍観者A』、昨日TVで妙にしたり顔な人が言ってたんだ。
「いじめにおいてね。傍観を決め込む人もいじめに加担してると言えるんですよ。分かりますかね?」
ってね。なら、あなたも画面の向こうで傍観してないでこっち来てって、斜に構えたい。斜に構えてなんでも受け流せたら良いのに。そしたら、学級の歪みに不感症で居れる。教室は私の居場所じゃなくなっていた。虐められる子も、虐める子も嫌いだ。傍観者で居る自分も。
あの教室に私を連れて行く7時14分の電車が棺桶の様に見えたのはその頃からだった。これもこんなはずじゃなかったの一言で終わる話しだけど。
母の手に引かれて初めて乗った時私は胸を躍らせた。好きな人の元へ出かけているだろう少し落ち着かない女性や、愛しい家族の待つ家への帰路に居るお父さん、多くの人が次の予定を楽しみにしながら電車に乗っていた。私はそんな電車が好きだった。とりわけ窓から眺める景色の虜で、穴が空く程夢中になって見ていた。電車がどんな所でも連れてってくれるそう信じていた。
それが今はどうだろう。
働きに向かうくたびれた会社員、「ダルい」が口癖の学生、意味もなく苛立つ少女。みんな眼が死んでいる、ここは棺桶だ。そして、私もそこに埋葬されている1人で目に生気は宿っていない。何処にでも連れてってくれるはずだった電車は嫌な場所へ行く為の手段に過ぎず、私は何処にも行けない。代わり映えしない景色を夢中になって見るのはダサく感じて止めた。代わりに今流行の小説を読んでいる。友達未満知り合い以上とトモダチになる為にわざわざ読む。つまらない。小説を閉じて、イヤホンを耳にさした。大音量で流れる音楽が私を1人にしてくれる。
そっと目を閉じた。
幼い頃見ていた景色が目前広がっていて、私はそれを夢中で見ていた。色んな街を電車に揺られながら眺めて何処までも何処までも行きたいと思って、
「おねぇちゃん。終点だよ」
気付けば小さな女の子が私の肩をゆすっていた。眠気眼でぼんやりしている私に女の子は笑いかけた、そして満足したのか。離れた所に居るお母さんの所へ駆けていった。
いくらか疲れていたのかもしれない。丁度疲れる事をしてない事に疲れていた。時計を見るまでもなかった、私は寝過ごしていた。焦りは感じなかった、ただ2限から出席するのが煩わしく感じただけで。
立ちくらみを感じながら電車を降りる。今まで来た事のない駅のホーム、日の光に照らされる全てが新鮮に見えた。ああ、この感覚好き。言葉が心に消される前に口から出てきて私は驚いた。そして、誰かに聞かれてないかと恥ずかしくなる。終点まで来ると人はほとんど居ない。私の傍にあったのは名前も知らない駅名の書いてある看板だけだった。
何かがこみ上げてきて私は笑ってしまった。とても楽しくなった。誰も見てないのを良い事に激しく笑った。
「ああ、駄目だ。もう駄目だ。今日はこんなんじゃ学校に行けっこないや。よし、どっかに行こう。何処に行こうかな、いやいや何処でも行こうじゃんか」
少女は宣言する様に大声で叫んだ。駅員が目を丸くして見ているのも気にならなかった。そして、その駅で一番高い切符を買った。
ここは終点であって、始点だ。
口ずさみながら、軽やかなステップで少女は次の電車へ。
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