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ナロウニア国立博物館物語  作者: 林育造
浄化と混乱
9/43

魔結晶

 シャッガイエンシスの脚が何とか残ったので、センテラに再び魔法陣を描かせ、範囲指定を付け加えて復元に成功した。

最初に召喚され灰になってしまったスケルトンだが、不思議なことに修正した魔法陣では召喚されなかった。いろいろ魔法陣を弄くって調べてみたのだが、あの個体が召喚された原因はわからずじまいで、スケルトンの標本が1体増えることはなかった。


「結局スケルトンが出現した理由はわからずじまいか」

「うん、魔法陣は同じにしたはずだし、範囲指定がないのは関係なかったと思う」

「範囲を広げて周囲に影響を与えることはあっても召喚の結果に変化が出ることはないはずだしな。本当に範囲指定以外同じにしたのか?」

「同じですよ、触媒の魔法水晶は奮発して色の濃いやつにしましたけど、それで効果が小さくなるはずないですしね」

「……何……だと」

「えっと、ここのところの召喚の触媒に魔法水晶を置いたんです。昨日のはちょっと色が薄いやつだったんですけど、消えちゃったから今日は大体同じ大きさのもう少し色が濃いのにしたんですよ?」


 魔法陣を画く用紙や塗料、あるいは直接描いた陣の上に触媒としてマジックアイテムを使うことは多く、今回も魔結晶と呼ばれる材料を使ったらしい。触媒として使うのだから小さくても良く、陣の形や内容に注目していたケースケは載っているのに気づかなかったようだ。


「センテラ、マジック・クリスタルって知ってるか」

「はぁ?

 知ってるも何も、その話をしてたじゃないですか。魔法……水晶ですよね?」


 『クリスタル』には水晶と結晶、両方の意味があるために魔法水晶や魔結晶と訳されるが、それぞれものが違う。結晶を構成しているものが水晶、つまり鉱物であるか、魔の結晶、つまり魔素とも呼ばれる異世界(ファンタジー)物質かということからして違っている。これを同じマジッククリスタルという名称でくくってしまっては、混乱が生じて当たり前である。


「何だセンテラ、色の違いについて学校で習わなかったか?」

「ぇっ……魔力を込めたり魔素が蓄積したりすると色が濃くなるって……」

「やっぱりか、ちょっと待ってろ」


 そう言うと、ケースケは資料用の棚から何やら大きな固まりを取り出してきて作業を始めた。固まりは上の方が白っぽく、下の方が赤黒くなっている。


カリカリカリ。


「うーん」


ガリガリ……パキッ。


「おっと」


ケースケは唸りながら作業を続けていく。バスケットボールくらいの大きさの固まりから、ピンポン球くらいの固まりを削りだしているようだ。センテラははじめケースケの作業を見ていたが、ただ見て待っているのにも飽きたのか、ガチョウの羽根をナイフで削っている。羽根ペンを作っているらしい。もちろん金属のペン先もあるのだが、通常字を書くのに使っている没食子インクは金属を腐食してしまうため、耐久性と言う意味では羽根ペンの方が優れているのである。


「できたー」

 羽根の軸先を切り落として形を整えるだけなのでセンテラの方が完成は早かった。


「……ったく、こちらもこんなもので良いか」


 ケースケは削りだした固まりをテーブルの上に並べていく。


「?」

「これは岩塩の結晶……言い換えればクリスタルだが、どれが一番純度が高いと思う?」


 ケースケは並べた固まりを覗き込んだセンテラに見せ、問いかけた。


 どうでも良いことだが、元の固まりは一応塩であり、ファンタジー界では貴重品とされることもある。もっとも、ナロウニアでは鉱物として珍しいものではないので、これはそれほど元の値段が高いわけではない。さすがにこの大きさのものをいくつも持ってくると輸送費が馬鹿にならないのだが。


挿絵(By みてみん)


「ふぁ、これかなぁ」


 センテラは、一番透明度の高い左端の岩塩を指さす。


「なぜそう判断した?」

「だって、塩として使うときはこっちの方が余計なものは入ってないじゃないですか」

「そうか」


 ケースケは短くそう言うと、今度は資料引き出しから小さな結晶を取り出した。


「これは火属性の魔結晶だ。どっちが純度が高いと思う?」


挿絵(By みてみん)

「え、こっちでしょ?」

 センテラは迷うことなく、右の赤い方を指さした。


「やっぱりそう思っているのか。どうして魔結晶では色の濃い方が純度が高いと判断するんだ?」

「だから、魔力が込められているほど色が濃くなるって学院でも習いましたし?」


 予想したとおりのセンテラの答えに、ケースケは岩塩を指さした。


「これに色が付いているのは不純物のためだろ?

 だったら、魔力を込めて色が濃くなるとすれば、魔力は結晶にとって不純物じゃないのか」

「はぁ、言われてみればそうですね」


 同じ魔力が含まれた結晶でも、魔法水晶における魔力は不純物であり、魔素の結晶においては構成要素である。今回の魔法陣のように水晶自体が効果を発揮するシステムでは魔素はその方向性を決めるだけで、魔素が多いからといって効果が大きくなるわけではないのだ。

 今回のように結晶の力そのものを使うときに、色の濃い、つまり不純物の多い結晶を使ったら逆効果である。


「無理にスケルトンを召喚することもないか」

「そうですよ、動き出さないようにして召喚したスケルトンなんてただの骸骨じゃないですか」


 結果、使った結晶の純度が違っていたのが召喚できなかった原因だとほぼ判明したため、魔法水晶と魔結晶の違いを理解したセンテラ共々、追求をやめることになった。いかな学芸員といえども、好奇心が続かなければこんなものである。


「センテラ、作業が一段落したんならこの前の串を持ってきてくれないか」

「この前の焼き肉の串ですか、いきなりどうしたんです?

 カエルの乾し肉を刺して炙る決心が付きましたか」


 ケースケが苦手な物があって嬉しくてたまらないらしい。だが、ここでのそう言った物言いは逆効果である。

「いや、酒のつまみはイナゴの佃煮だよな。ちょっと素材の確認に行きたい。出かけるぞ」

「うっ、あれ採りに行くんですか」


 センテラも学芸員の端くれ、虫が苦手なわけではない。単に巨大で新鮮な節足動物が苦手なだけだ。現に、センテラの手元にある没食子インクは、センテラの手作りである。このインクを作成するには、昆虫の幼虫が入っている植物組織を砕かなければならない。

 ここでケースケがイナゴと言っているのは巨大なサバクトビバッタのような奴で、大きさと言い、集団での凶暴さと言い、誰だって好きこのんで相手をしたい動物ではない。


「あんなのが発生していたら大問題だ。折角だから魔素でできた魔結晶も見せてやろう」

「これは違うんですか?」

 センテラが岩塩の隣に並べた結晶を指さしながら言う。


「そんなに小さいと効果の違いとか判らんだろ。さて、目的地は東の大森林だ」

「どうしてそんなとこに大きな魔結晶があるんですか」

「いや、大森林の中に行こうってんじゃない。大森林の外れに住んでいる奴の所に行くんだ」

「そんなところに住んでいるって、いったい誰ですか?」

「それは行ってのお楽しみだ」


 大森林などと言う、通常は人が住んでいないだろう所であるのもそうだが、大きな魔結晶などと言う貴重品を見せてもらえる、ケースケの知り合いというところが不安だ。お楽しみになどできるわけがない。


「転移先は結構な高さがある木の上だから気をつけろよ。ま、落ちたところで地面に付くまでに飛んで戻ってこれるだろうがな」

「注意するのは当たり前じゃないですかぁ」


 転移陣の部屋に移動しながら、ケースケが注意をする。既に設定されている転移陣だから、いしのなかに転移してしまうといった事故の心配はないが、注意されなくても転移先の周りに何があるか判らないのだから気をつけるのは当然である。


 大森林の中に直接行くことはできない。エルフが森を守っていて、転移魔法陣を森の中に作ることはできなかったのである。ケースケが嫌われているわけではなく、誰が使うことになるかわからないものを森の中に設置することに大多数のエルフから反対が相次いだのだ。従って、外れの、しかも大木の上に転移することになっている。


「おっとっと、落っこちるなよ」

「どうしてこんな危ないところに……」


 落ちても飛行魔術で戻ってこれるというのはセンテラだから言えるのであって、いくらナロウニアの住人でも一般人が落ちたらおそらく簡単には戻っては来れない高さがある。特に、勇者と呼ばれる連中は色々チートな能力を持っているくせに飛べないことが多い。


「よっ、イリア」

 ケースケが、隣……と言っても余裕で10mは離れている太い枝だ……の上に立っている人影に話しかけた。銀色の長髪にスレンダーな体型と長い耳、見ただけで判るエルフである。


「おや、ケースケ。今日はどうしたの」

「ん、ちょっとな。ゲオルグいるかい」

「いるよ、ていうか年に1回も出かけないよ」


 話しかけたケースケに気安く答えるイリアという名前らしいエルフ。話に出てくるような気むずかしさは全く感じない。ただしセンテラから見た場合、ケースケの知り合いと言う時点で危険人物という評価である。

鉱物の結晶の色は、不純物で決まります

色=属性と言えなくはないんでしょうが

資料No.S-00101abcd 岩塩結晶

     C-00001 魔結晶(濃色)

     C-00002 魔結晶(淡色)

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