スケルトン
今回は、齧歯類の骨格画像があります
苦手ry
センテラが、作業室で何やらやっていたその日の夜。
ケースケはようやく資料倉庫のチェックを終わり、デスクで展示計画をまとめていた。例のシャッガイエンシス以外は、ほぼ無事だった。
すると、廊下の奥の方で何者かが動いているような気配がする。センテラが脚の修理(というか、復元)に挑んでいた作業室の辺りである。もちろん、もう夜も遅いのでセンテラは帰ったあとだ。
ケースケが手近なモップを掴んで廊下に出てみると、作業室の方からカラカラと乾いた音がして、廊下を何者かが移動している気配がする。何事かと目をこらすと、骨格標本が歩いているではないか。骨格標本は手(?)に展示品の一つのはずの剣を持っており、ケースケが立っているのに気づくと剣を振り上げながらケースケめがけて攻撃してきた。
「うわーっ」
ケースケは転がるように攻撃を避けた。もちろん、アンデッドが怖いわけではない。モップだって持っているのである。そのまま普通のアンデッドに対するように剣をはじき飛ばして、スケルトンが持っている展示品を壊すのを避けたかっただけだ。
ケースケは持っていたモップを棒術によって振り回し、柄で骨格標本の腰のあたりを振り払った。しかし、腰の部分に丈夫な針金が通してあるためかバラバラにならず、さらに剣で攻撃してきた。
「舐めんな、骨格標本がぁっ」
ナロウニア王国の住人であるからには、ケースケだって最強である。ケースケは剣を柔らかくモップの部分で受け止めると、今度はつなぎ方が緩いはずの首の部分に狙いを定め、顎を下から跳ね上げるように柄でぶん殴った。
骸骨の頭蓋骨はスッコーンと軽やかな音をたてながらふっとんで転がり、スケルトンの体部分の動きが止まった。
「まったく。原因は何だか知らないが、骨格標本のくせに動き出すとかどの標本だろう」
墓地やダンジョンならともかく、この博物館でアンデッド化するなんて、なんという節操のない骸骨か。博物館内にはアンデッドモンスターの例としてかつてのスケルトン、今は只の骸骨も何体か展示してあり、再び動き出さないように厳重に制御結界が張られている。
ケースケは片付ける場所を考えつつ、標本ナンバーが書いてあるはずの頭蓋骨を拾うとその裏側を見た。
「ん?」
ナンバーはどこにもなかった。
さらに、倒れている体の方の骨格も観察してみる。
管理シールどころか、繋いであるはずの針金も見当たらない。つまり、この骨格標本さんは展示物ではないということになる。
「おいおい、……どういうことだ?」
ケースケは腕を組んで考え込んだ。そのとき、今度は2階の展示室から再びカラカラと音が聞こえてきたのである。ケースケが見上げると、骨格標本がまた1体、降りてこようとしている。今度は針金が見えるので、展示品のようだ。ケースケはモップに手を伸ばしかけたが、ふと思い直し、転がっている骸骨の骨盤と大腿骨を拾い上げると、骨盤を左手で盾のように持ち、右手に大腿骨を握りしめた。これなら、復活した足元の骨が再び動き出すことがあっても挟み撃ちにされることはないだろう。骨盤と大腿骨を装備したケースケは降りてこようとしていた2階の骨格標本に向かって階段を駆け上がり、弱いはずの首にダメージが伝わるように、なおかつ骨が破損しないように顎を目がけ大腿骨を下から上に振りぬいた。
まぁ、壊れないようにと言っても壊れた時に修理するのはどうせ自分なのだから、あまり手加減はしていない。予定通り、首は外れ、頭蓋骨が転がるとともに骨格標本は動きを止めた。
転がった頭蓋骨と止まった胴体部分をを確認すると、頭蓋骨には展示品であることを示すナンバーと、骨盤の内側に管理シールが貼ってあるのが見えた。展示品ではなかったさっきの一体はいったい何だったのだろうか。
2階展示室をわずかに開いた扉の隙間からのぞくと、残った展示骨格標本がすべて扉に向かって来ていた。
ケースケは動く標本を止めるべく、骨盤と大腿骨を持ったまま展示室に飛び込んだ。すると扉に向かっていた骨格標本はあからさまにビクッとし、その眼球の入っていない眼窩には動揺が浮かんだように感じられた。
確かに、仲間の胴体(しかも考えてみれば微妙な部分だ)を掲げながら脚を振り回して相手が迫ってきたら誰だってびっくりするだろう。あっちの手で顔を覆って座り込んでしまった骨格標本は、生前女の子だったのかもしれない。骨だけの手で瞼もないのでどうやっても見えてしまうと思うが。
元スケルトンではないが、展示してあった別の象に似た動物の骨格標本も向かってきた。武器は持っていないがこちらは大きいので破壊力がありそうだ。牙は別に展示中で助かった。
すべての骨軍団の頭蓋骨をはね飛ばし、動きを止めてからまた動き出さないように頭と胴体に分けて展示室の壁際に並べていく。
すべて並べたあとふと思いつき、最初に吹っ飛ばした展示頭蓋骨を本来と異なる胴体の上に乗せてみた。動き出さない。今度は正しい組み合わせで頭蓋骨を乗せる……と、胴体がカタカタと動き出した。あわてて頭蓋骨を引っこ抜く。
「これはもしかして骨を組み立てるチャンスかもな」
ケースケはクリーニングだけが終了した復元前の骨化石があるのを思い出し、資料倉庫から出して骨を一ヶ所に集め、一番上に頭の骨を全部置いてみた。産出状態から、何体の動物なのか、どういう組み合わせが正しい組み立て方なのかわからず、クリーニング終了後もそのまま放置されていたものである。
目論見通り、化石の動物の骨は壊れていくスローモーションを逆再生するように組み上がり、ゆっくりと動き出した。
ケースケは持って来た塗料を使い、動く化石4体に異なる色の塗料を次々に塗りつけて行った。これで動きを止めれば、正しい組み合わせだけは分かっていることになる。塗料を剥がすのは大変だが、剥がしつつ組み立て作業をするのはどうせ自分である。
そのとき、足下を何かが走り抜けようとした。
ケースケは素早くとっ捕まえて、掴んだ尻尾(の骨)を持ってぶら下げる。
「何でこんなモノが歩いてるんだ?」
骨とはいえ下顎骨についている牙は鋭く、かまれたらかなりのダメージがあるだろう。こうしてみると、実際に危険なのはマンガなどでよく見る上顎の前歯ではなく、下顎の骨なのが良くわかる。
ケースケはこの大きさと形には見覚えがあった。これはダンジョンモンスターの実物展示として置いてあった大ネズミの、剥製に入っている骨の部分のはずである。皮がないのはともかく、骨だけで動いているのはそれだけで異常事態と言えよう。展示中に一部が損壊してしまったため、修理のために作業室に置いてあったはずだ。
原因はセンテラが作業していた作業室に違いない。原因を探るべく、ケースケは作業室に向かった。
部屋に入ると、スライムが入っている標本瓶に入ったまま、瓶ごと転がってきた。
瓶に入ったスライムなど何の危険もない。ケースケはあっさり瓶を足で押さえつけたが、よく見ると中のスライムは標本状態のままだ。どうやら他の骨格に瓶を撥ね飛ばされただけのようだ。
瓶を動かした犯人はどいつだろうと他の展示標本を見ると、ガタガタ動いてはいるが展示用の台から脱出するほどの力はないようで、台の上でもがいている。ネズミは、皮が台に残っているから、固定されていなかった骨だけが逃げてきたようだ。
(中身だけが抜けてくれば、そりゃぁ皮がなくても当たり前だな)
作業台を見ると複雑な魔法陣が描かれており、その上のシャッガイエンシスは生きて動き出しそうな形で全身ができあがっていた。魔法陣を描いたセンテラの魔術構成は見事というほかない。
ケースケは魔法陣を詳しく調べてみた。
「なんだこの術式は。あぁ、時間遡及の術式を組むのが面倒で肉体維持を掛けたのか、で、外骨格だから骨の内側に固定とそれに循環と……、これじゃあ骨が動き出すはずだ。おまけに効果範囲の指定を忘れるとか嫌がらせとしか思えんな、あいつはネクロマンサーにでもなるつもりか?」
センテラの術式を見ると、形態を維持しつつ全体が組み上がっていくように骨格の内側に対し維持循環が効くように組んでいた。シャッガイエンシスは外骨格だから復元が終わった時点で動きと復元が止まるが、内骨格である他の骨格標本は骨の内側だけが完成しても本体の復元が終わったわけではないので、維持循環術式が動きを誘発してしまったのだろう。効果範囲の指定を忘れているので効果は博物館全体に及んでしまったようだ。どれだけ魔力を込めたのか知らないが、2階の展示室まで影響を及ぼすとなると優秀なのも善し悪しである。
ケースケは、シャッガイエンシスの観察に移った。
「なるほど、こういう形態をしていたのか……、下手に肉体維持の陣を消すと崩れそうだな、一気に消さずに固定を掛けながらか、はぁ」
元の標本は脚が付いていたとはいえ、羽根などはボロボロで全体像が判らなかったのだが羽根も含めて綺麗に復元されている。いきなり魔法陣を消してしまうと維持と循環が止まって崩壊してしまう危険があったため、慎重に一部書き換えつつ魔法陣を消して行く。復活した標本が壊れないように気をつけて、陣を修正・消去し終わったのは空が白み始めた頃である。
「もう今日は泊まりだな」
今から帰ってまたすぐやってくるのなら帰る意味はないだろう。冒険者の経験もあるケースケにとって、建物の中で泊まれるのなら気にすることはない。そのまま仮眠することにした。
すぐそばには首を戻した骨格標本が並んでいるが、魔法陣の修正・消去は終わっており、動き出さないのはわかっているので気にすることはない。結果的には展示標本が1体増えてラッキーだった。持っていた剣は厳重に仕舞ったし、万が一動き出してもぶん殴れば良い。それで壊れたとしてもどうせ修理するのは自分なのだ……いや、そのときの修理はセンテラにやらせよう。
目を覚ましたケースケがぼんやりと目を開けると既に明るくなっており、エントランスの方からドタドタと足音が聞こえてきた。どうもこの足音に起こされてしまったようだ。開館前、こんな慌ただしい歩き方をする奴は一人しかいない。
ケースケが完全に目を開けると同時に、予想通りセンテラが駆け込んできた。
「ごめんなさあぁぁい、そこの魔法陣の魔術式だと変なアンデッドモンスター召喚しちゃうかもーっ。あっ、やっぱりっ」
帰ってからも自分が組んだ魔法陣について考えていたらしい。センテラはケースケの横で鎮座している骨格標本を一瞥すると、強力な浄化魔術を発動した。折角無力化して展示してやろうと番号を振り始めていたスケルトンの骨が、サラサラと灰のようになっていく。
「止めろおおおおおおおおぉぉぉぉっ」
ケースケは身を挺してシャッガイエンシスの標本を抱え込んだ。だがセンテラの魔術は強力で、抱え込んでいるにもかかわらずシャッガイエンシスは見る間に粉々になっていく。必死にケースケが相殺術式を展開することで、かろうじて脚だけは灰になるのを防ぐことができたのだった。
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