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ナロウニア国立博物館物語  作者: 林育造
素材採取の旅①
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ブレス

 イリュを伴ってセンテラは峠を越え、やや平らになった緩やかな斜面にやってきた。植物が少し生えているから雨は降るのだろうが、その割に浸食跡がない。この付近が平らになったのは比較的最近なのかな、とセンテラが考えていると、


「ここはねー、お母さんとお父さんがたたかったばしょなんだよ」

「そっか、そう言われてみると随分大きな穴があちこちにあるね」

「うん、おねーちゃん、いくよー」


 イリュが声をかけてくる。「お姉ちゃん」うんうん、かわいいではないか。センテラは、魔術特化と言われたイリュの動きに対して身構えた。


 イリュが片膝を付き、地面に開いた右手を当てる。と、足首辺りに静電気で火花が散ったような痛みがビリッと来る。どうやらイリュが地面に対して雷魔術を流し、伝わった電気が自分に向かって放電したらしい。幸か不幸か靴が絶縁体の働きをしているようで、いきなり全身には来なかった。しかし、続けてバチバチ痛みが走る。イリュは効果があったのが判るらしく、続けて流し続けている。


 本人は耐性があるのか気にもならないのか、こちらに放電するたびに小さくビクッビクッとしてはいるが、ダメージを負ったり嫌がっている様子はない。


 なぜこれだけの距離を電気が通るのかとセンテラが足下を見ると、そこには何か金属っぽい光沢のある黒い岩脈が走っているのが見えた。この岩脈が黒鉛か金属だとしたら、電気も通じるだろう。


「館長め、知っててここに来させたな」


 ケースケはここで戦ったことがあるのだから、当然地面の状態も知っている。ここは雷魔術を通常の使い方をするとアースされて効果がほとんど無く、イリュのような使い方をすると効果があるのだ。弟子でもある部下の応用力を見たわけだ。


 センテラが何も動かないのを見て、イリュが突っ込んでこようとしている。


 センテラはその危険に気づいた。いまイリュとセンテラの間には相当の電荷の違いがあるはずだ。接近したらものすごいスパークが生じることが予想される。ここまでの様子から見て、そのダメージは電気に耐性がありそうなイリュよりも、センテラの方が遙かに大きいだろう。


「イリュちゃん、ここは足場が悪いから、場所、変えない?」

「うん、いいよ。あっちにする?」


 目を輝かせながらイリュが承諾する。よし、これで足下から放電でいたぶられなくて済む。


「じゃあ、もういっかいいくよー」


 イリュはそういうと、あっという間に龍形態に変化した。体長は15mほどはあるだろうか。


「子どもであの大きさって、セレナさんが龍化したらどんな大きさになるのよ」


 セレナが龍化しても、それほど大きいわけではない。せいぜい80mだ。龍形態になったイリュは、息を吐くように少し口を開けて、空気を吹き出し始めた。その量は次第に多くなり、勢いも明らかに増している。それはすぐに音速を超え、衝撃波の内側では擬似的な断熱圧縮で高温になってゆく。


 よく知られた龍のブレスだ。


 ブレスに向かって防御してはいけない。ブレスに向かって突き出した盾や武器の先端は相対的に超音速で移動しているので衝撃波が発生し、衝撃波の円錐からはみ出した部分を破壊してしまう。


「く、何が魔術特化型だっ、ブラスト!」


 センテラはブレスに対し真空を作り出し、かろうじて受け流す。衝撃波は音の一種なので、真空にしておけば伝わっては来ない。真空を連続して作り出すなんていう防ぎ方ができるのはさすがセンテラだが、ブレスが5分も続いたら酸欠で倒れるかもしれない。


 受け流されたブレスは空気を熱し、巨大なキノコ雲になった。



 イリュは龍形態のまま、高温で溶岩のようになった地面に尻尾を叩きつけた。溶岩の飛沫がセンテラに向かって飛ぶ。センテラは無詠唱で液体窒素のボールを作り出して溶岩にぶつけた。激しく液体窒素が気化する音に気を取られている間に、イリュの姿が消えているのに気づく。


スパーン!


 そんな音がしてセンテラの目の前の岩塊が砕け散り、無数の破片がセンテラを襲う。幼女形態になって岩塊の後ろに隠れていたイリュがセンテラに向かって岩を殴りつけたのである。


 だがセンテラは、イリュが地面を叩いた時点でアースウォールを発動させており、石礫はすべて防いでいた。再び姿を消したイリュの気配を探ったセンテラは、不意にゾクリと背中に違和感を持った。


「ブラストッ!」


 直感に従い背後で爆発を起こしたのと、イリュが背後の岩石を叩いたのは同時だった。急速に冷やされ、ガラス化した黒曜石が鋭い破片となってセンテラに飛ぶが、爆発によってセンテラに当たることなく飛び散った。しかし、直近で爆発を起こしたため服はボロボロである。


「おねーちゃん、すごーい」

「すごーい、じゃないわよ。ていっ」


 センテラは、幼女形態をしているイリュの鼻にドライアイスを詰めると、さらにその顔の前に液体窒素のボールを浮かべた。人間相手だとこれは非常に有効で、思わず息を吸おうとして液体窒素を吸い込み、大ダメージを受けるのだが……。


「いやー」


半泣きのイリュに液体窒素を振り払われた。息も吸わずに声を出せるとは、いったいどれだけ肺活量があるのか。もしかすると、呼吸の形式が我々とは全く異なるのかもしれない。


「えーい」


 イリュからセンテラに向かってファイアーボールが飛ぶ。同じくファイアーボールを当てて潰しつつ、下がろうとしたセンテラは地面に砕け散った黒曜石が散らばっているのに気をとられ、一瞬動きが止まる。靴も結構ボロボロになっており、下手をすると脚をざっくり切ってしまう。割れたばかりの黒曜石のとがり方は、ナイフが地面に突き立っているより危険なレベルである。


「おっとっと」


 よろめいたセンテラに向かって、なぜかふらついたイリュが近づいてきた。ふらついている幼女を見て、センテラは思わず抱き止めてしまった。


「きゃー」


 バチッ! という音とともにセンテラとイリュの間に放電が走る。さっきの雷の影響はまだ残っていたようだ。


「?」

「すう、すう」


 全力のブレスで疲れたのか、イリュは浮かびながら寝てしまっていたらしい。行動中に眠さに負けてしまう辺りはまだしっかり子どもである。センテラはイリュを抱いて洞窟前に戻ろうとしたが、ふと思いついて転がっている黒曜石の破片をいくつか拾い上げた。ケースケはこういったどうでも良い(ガラクタ)でも、なぜ貴重な資料を放っておいたのかと怒ることがあるのだ。これ以上服を傷めないように注意して黒曜石を仕舞うと、残った黒曜石の破片を踏まないように飛行魔術で浮かび上がり、洞窟の入り口に戻っていった。



一方こちらは洞窟前に残ったケースケとエリュ。


「父たん、いくよー」


 そう言ったかと思うと、エリュはすさまじい速さでケースケにぶつかってきた。ギリギリでケースケが避けると、当然音速を超えていたエリュの動きによってケースケを起点に地面にひび割れが走る。ケースケの後ろでエリュが地面にクレーターを開けて方向転換し、今度は近距離からケースケに飛びかかった。避けられる距離ではなく、ケースケはバレーボールのレシーブのようにエリュを跳ね上げた。


 しばらくの間にらみ合い、突っ込んだエリュが跳ね上げられる、そんな攻防が続いた。何度目かの跳ね上げられたとき、空中で回転したエリュは頭を下に向けて龍形態になると、体の大きさを活かしてそのままケースケに向かって落下してきた。ケースケは必要最小限の動きで押しつぶされないように避ける。


 しかし、エリュは体をひねって前脚から着地すると、着地と同時に尻尾を思いっきりケースケの方に振り抜いた。


「ぶべっ」


 体長の約半分、8m近い長さのある尻尾が鞭のようにしなって高速で命中したのだ。最初の幼女形態のエリュがぶつかった時より遙かに大きな力で吹き飛ばされ、ケースケは地面を抉りながら体が全部埋まるところまでめりこんだ。


 さらにエリュはケースケがめりこんだ場所めがけて思いっきり尻尾を振り下ろした。


「にー?」


 地面に叩きつけた尻尾が、そのまま地面に固定される。見ると、地面から突き出した手がエリュの尻尾をガッチリと掴んでいる。


 しかし、少々掴んだ場所が良くなかったようだ。エリュが幼女形態に戻ると、シュルシュルすぽん、っとエリュは拘束を逃れ、再び上空へ飛び上がった。


 次の瞬間、ケースケがめりこみながら作った瓦礫が、爆発したように一斉に弾き飛び、エリュに向かって殺到した。


「やあん」


 龍形態のままなら問題なく振り払えただろうが、幼女形態になったのが徒になり、エリュの動きが止まる。その隙に這い出したケースケは、飛び上がって今度はエリュの腕を掴んだ。


「ほいっ」


 ケースケはエリュを叩きつけるように振り回し、地面に投げつけた。しかし、その反動で飛んだのはケースケの方だった。


「えーい」


 叩きつけられた勢いそのままに地面を蹴って飛び上がったエリュは、ケースケを追い越すと組んだ両手をケースケの背中に叩きつけ、落下したケースケをさらに蹴り、ケースケが地面に着く直前に龍形態になって尻尾でひっぱたいた。


 叩きつけられたケースケは先ほど瓦礫を飛ばしたために開いていた穴の中に突っ込み、さらに深く嵌り込んだ。センテラが戻ってきたのは、このときである。

ブレスの仮説ですが、物理屋さんに聞いたところ圧縮された気体が高温になると音速が変化するので、実際にやってみないとどのようなことが起こるのか予測は困難とのことでした。

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