ノクターン秘宝館
ケイジアは2時間前に来たものの、ぐったりしている。
センテラも、机に突っ伏して呻いている。
メイプルは始業5分前に来たあと、洗面所に行ってもう20分も帰ってこない。
昨夜、みんなで晩ご飯を一緒に食べた……までは良かったのだが、香木を売って稼いだ分は実習中の臨時収入だからと、ケイジアの奢りでそのまま呑み会に突入したのである。
ケイジアがいたからか寄ってこなかったとはいえ、たまたま同じ店にいたドワーフが呆れたようにぼーっと見つめていたのだから、その勢いがわかろうというものである。
なお、メイプルは朝起きられないとまずいからと夜の間に博物館に来て、エントランス前のトラックの荷台で寝ていたらしい。入ってくるなり、
「いやぁ、日が昇ったら荷台が暑くて目が覚めちゃった。起きられて良かった」
などと言っていた。起きられなかったら熱中症で永遠に寝ていることになっていたかもしれない。
その,メイプルは30分ほどして漸くフラフラと戻ってきた。
「さて、ぐったりしているところではあるが、今日は『体験型展示』をおこなっている資料館の見学に行く」
「ぅえぇっ、今日歩くの? それよりそんなところありましたっけ。というか、ナロウニアで博物館はここだけなのでは」
「うむ、資料によってはここより充実しているが博物館ではないな」
「あ、もしかして秘宝館ですか」
ナロウニア王国にはエロ本はない。ただしムーンライト書房という不思議な専門書店があって、なぜか偶に薄い本は出回ることがある。どうやって印刷しているのか謎であるが、どこかの生産系勇者が暇に飽かせて作っているのだろうか。
さらに、ノクターン秘宝館という謎の施設がある。この施設は博物館ではないが博物館のような展示を行っており、その内容は多岐に亘るが、未成年入場禁止という対応で推して知るべしであろう。
ナロウニアの異世界人はなぜか若者が多いのだが、本能の赴くままにニコポナデポなど発揮しようとすると護民官に怒られるため、勇者連中も煩悩の解消の方法もなく困っているのかもしれない。ノクターン秘宝館には結構な需要……というか、入場者があるらしい。
今日と明日は実習の一環として、そのノクターン秘宝館を見学をすることになっているのだ。
体験型展示とは、見学者が展示物に触れたり作動させたり、あるいはイベントに参加したりして、実際の機能や生態を体験を通して感じることができる展示方法を言う。
極端に言えば、見学者も展示の一部になりうる展示方法で、イベントに参加中はその様子を他の見学者が見ることで展示物の理解ができるようになっているのだ。
事前のレクチャーに依れば受付嬢はサキュバスのお姐さんで、彼女はケースケの知り合いらしく今回の見学をするにあたって便宜を図ってくれたのである。どういう知り合いかはケースケが喋らないので、センテラたちは本人に聞いてみようと目論んでいる。
その建物は王国市内の外れも外れ、家もまばらになった郊外にぽつんと建っていた。入口は何の変哲もない門とそれに続く道になっている。他の家と異なるのは、入口に『あなたは成人していますか、YES・NO』という看板がひっそりと立っていることぐらいか。
「いいか、その看板、特に『NO』の方に触れるなよ。転移陣で王国市内の入口に飛ばされるぞ」
「え、この看板はそんな機能があるのですか、それでは入場者が減ってしまうのでは」
「そこら辺をしっかりしておかないと困る展示がいっぱいあるんだよ」
実際の秘宝館の入口は、門の地味さと一転して何となく華やか……というか、煩悩の塊が可視化できるならこんな感じだろう、という風情である。引率のケースケが入口で言葉を交わすと、一行は無事に入館することができた。
「おはようリル。今日は宜しく頼む」
「おはようございます、そしていらっしゃいませ。ノクターン秘宝館にようこそ」
「「「おはようございます」」」
出迎えてくれたのは身体を被う布の面積も控えめな悩殺ボディのお姐さんだった。
「私は受付のリルと申します。本日は皆さんを歓迎致します。今日は見学で良いんですよね?」
「うん、よろしくねっ」
「それでは秘宝館見学の際の注意をご案内させて頂きます。
当館は、15歳未満の方の入場をお断りしております。保護者の方の同伴があってもダメです。というか、そんな子どもを連れて来るような方は来ないで欲しいです。
ただし、展示品には年齢が15に満たない個体も含まれています」
「それ、いいの?」
「いいの、とは?」
「へ、えっと、いやそれはその」
入場を制限しておきながら展示はされているという発言に疑問を持ったセンテラだが、質問に質問で返されて慌てる。
「んっと、例えばこれなんですけど」
リルは、受付カウンターの下から二枚貝の標本を取り出した。俗に「ニタリ貝」と呼ばれるムラサキイガイのようなものである。ただし、こちらの方がずっと大きい。
「きゃー///」
「うわぁ、そっくり」
「?」
「見て解って頂いたと思いますが、もっとそっくりな標本が手に入ったから展示から下げたけど、これで、5年物。年齢にすれば15未満でしょ? 種によって成長も特性も違うのに『15歳』でくくるわけにはいかないですよね」
「紛らわしい言い方しないでよ」
「ていうかぁ、今の展示品ってこれよりそっくりなの? 見たい見たい」
「メイプル、あとで見学するんだからその時に納得するまで見ればいい」
「はぁい」
ケイジアはあまり興奮するでもなく説明に集中している。似ていると言っても見る機会がないと似てるかどうかなんて判らないだろう。ナロ女には寮もあるが、風呂は各部屋に付いている。
「展示品には、基本的に手を触れないでください。
ただし、展示品の方から触ってくることがあり、その場合は対応して頂いて結構です。
また、私は受付ですが展示物を兼任しており、私に対する接触は自由となっています」
「お姉さんそのものが展示ってことですか」
「えっとですね、『サキュバスとインキュバスの違い』というコーナーがありましてですね。そこで見学者の方に実体験して頂いているわけで、その際に接触をします。
違いを理解して頂くわけですから本来インキュバスの方も体験して頂くべきなんですが、ただちょっと……」
「何か困ったことでも?」
桃色脳の勇者中心に結構な需要がありそうなものだが。
「皆さんから見て、私ってどんな女に見えます?」
「んっとね、顔は普通だけど身体は凄い、みたいな感じだよ」
「……ハッキリ言ってくれますね、でもその通りなんです。我々は顔で勝負するタイプではないのですが、ナロウニアのサキュバスはそれなりに見られる者が多いんです。
ところが、インキュバスの方はと言うと、展示に耐えられる容姿で自律行動できる者がほとんどいない上に、いたところで秘宝館での展示物扱いなんてとんでもないと、一緒に働いてくれないんですよ」
「そうだろうね、ほかにもっとおいしい仕事があるもんね」
「展示の必要上、暗くなっている場所がありますので、物や命を落とさないようにご注意ください」
「えっ、死ぬことがあるの?」
「今までに命を落とした方というのはいません。しかし、その危険性は把握した上で見学して頂かないと」
「あなたサキュバスだもんね、相手が離れなかったら吸い尽くしちゃうことになるんでしょ?」
「そんなぁ、吸い尽くしちゃったら怒られて秘宝館つぶされますよ」
「それって、死因はアナタよね」
誰に怒られるのだろうか。おそらく住人は暴走しないだろうし、異世界人については自業自得でおそらく護民官の管轄外である。
「無断での撮影はお断りしております。
見かけよりは広いので、迷子になった場合は自力で何とかしてください。
どうしても出られなくなった場合は、本人の意思確認の上で展示物の一部となって頂き、その後出口までご案内致します」
撮影手段があるようには思えないが。迷子は自己責任らしい。案内してやるから、ちょっと寄越せ、と。
「展示物になるような参加は嫌だと言ったら?」
「ずっと彷徨することになりますね」
リルはそんなことを言っているが、基本的には順路を外れなければ大丈夫である。未成年はいないはずなので、迷子になったとすれば順路が解らなくなるほど展示に没頭する方が悪い。
「あの……展示物の一部というのは?」
「色々体験できる展示がありまして」
「そう言えばこの秘宝館でオークの種付けショーをやってるって聞いたことがあるよ」
「そうそう。なんか、オークのお相手が観客から選ばれるとか」
「あぁ? お前達はそんな情報をどこから聞いてくるんだ。観客がオークの相手をするとしたらやらせだ。本当に通りすがりの女がオークに種付けされたら大問題だろ」
ケースケが営業妨害になりかねないネタばらしをする。秘宝館にやってくるような客なので、オークの種付けなどキャーキャー言いながら見ている者はいても、参加してやろうなどと考える女性客などなかなかいない。さらに、内容が内容なのでそんな見せ物には女性客がいないことも多いから、そのときはバイトか受付のリルが相手役をやっているのだ。さすがサキュバスの面目躍如というところである。リルさん曰く
「バイトの人と違って時給は出ないし、オーク弱らせると怒られるし、結構気を遣う」のだそうだ。
「えー、メイプルちゃんオークとだなんて嫌だー」
口と裏腹にメイプルは興味津々のようだ。
「折角の見学だし、やって貰っちゃおうかなっ」
「そんなことをしたらオークが使い物にならなくなって、お前が怒られるぞ」
諸事情により、今話と次話は画像がありません。モザイク入れて……とも思いましたが、それはそれで却って危なそうなので止めました。
名称から画像検索でもして下さい。