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ナロウニア国立博物館物語  作者: 林育造
素材採取の旅②
23/43

水筒と杖

 板の上昇が止まり、扉が開いた前は大きなホール……などではなく、多くのアイテムが雑然と犇めく部屋だった。アイテムの山を見たセンテラは呆然とした表情でしばらく見つめていたが、慌てたように一歩踏み出した。


「ちょっ、これはフェニックスの尾? こっちはどう見てもベヒモスの革だし、この牙はグリフォンかしら、えっ、なにこの大きな魔晶石、この瓶はエリクサー? きゃーっ、なにこれすごい」

「センテラ、落ち着け。ようトシユキ、久しぶり。騒がしくして済まん、こっちが学芸員のセンテラ・クレインだ」

「あ、あぁ久しぶり。そしてセンテラさん初めまして、トシユキ・リパイルマーです」


 そう言われて、センテラは初めてアイテムの山の向こうに誰かがいるのに気がついた。黒髪黒瞳でケースケよりも少し背が高く、細身ながらも分類するなら細マッチョと言える程度にはしっかりした体型をしている。この男がこの館の主らしい。


「あ、は、初めまして。センテラ・クレインです。すごいコレクションですね」

「いやぁ、単に集めてるだけで分析や研究はケースケに任せっきりなんですけどね。あ、今お茶を淹れますから、そちらにでも座ってください。緑茶で良いですか?」

「ありがとうございます。朝からグジマ食べ過ぎたんで、緑茶か烏龍茶が良いです」

「わかりました」

「おっと、トシユキ。お茶入れるんならこれを」

 そう言うとケースケは鞄の中から変な物を取り出す。


挿絵(By みてみん)


「代わりのアイテムはこれで良いんだよな」

「ほう、これがそうなのか。ありがとう」

「館長、これって一体なんですか」

「水筒の1種だ、この上から水を入れると設定によって水、塩水、蜂蜜水のどれかが下に溜まる。それを冷水から熱湯まで必要な温度にして出す機能がある魔道具で、バジリスクの卵が使われているらしい」

「バジ……、そうなんですか、でもこんな物今まで見たことがないんですけど」

「ここに『誰かが見たことのある道具』なんて持ってきても仕方がないさ」


 トシユキは使い方の説明のため、持ってきた水筒の蓋を取って水を入れ、80℃くらいの熱湯にして緑茶を入れてくれた。蓋の位置と本体の傾きで出てくる中身と温度が変わるなんて便利すぎる。当然だが、塩水や蜂蜜水の濃さも設定できるらしい。


「うわー、お茶の甘みがしっかり出てます。おいしい」

「入れるのは水だけで、塩や蜂蜜の追加を入れなくて良いのが便利だよな」

「うん、ありがたいね。これで買い出しに出る回数をもっと減らせる」


 トシユキは1ヶ月に1回くらいしか買い出しに出かけない。留守にするのがひたすら不安なのだ。最近はアイテム収集からも遠ざかっていて、新しいものは交換で手に入れるくらいである。トシユキ程のコレクターになると、持っていない物は簡単には売りに出たりしないし、少し無理をする程度で手に入る物は既に持っているのだ。欲しいものは、それなりの国が滅んだときに戦勝国の宝物庫に入っていくようなレベルのものばかりである。


「トシユキさんはどうしてこんなにいろいろな物を集めてるんですか、ていうか、どうやって集めたんですか」

「僕はね、日本から転移したんだけれども、チートというか、特殊能力なんて何もなかったんだ。だからちょっとしたことで死んだりしないように、ポーションとか回復アイテムを積極的に集めてたわけ。

 だけど、ポーション集めるのにもお金が必要だし、ドロップアイテムとして集めるにも戦闘は必要でしょ。

 戦闘していたらいつの間にかレベルが上がって、ポーションじゃ回復量が足りなくなって、今度はハイポーションを集め出して」


「なるほど、そうやって次々に集めていったわけですね」

「そう、それで薬系や他の回復アイテムが勿体ないから防具にも凝るようになったら同じことの繰り返しで、気がついたらアイテムだらけになってた」


「それで、どうやってこれだけ集めることができたんですか」

「センテラさん、アイテムボックスってわかる?」

「はい、アイテムを入れておくと重さを感じなくなって、しかも入れた物が変化しなくなる容れ物ですよね」


「そう、あれの『重さを感じなくなる』という性質を使うと、エネルギーが無限に取り出せるのを知ってる?」

「えっ……、知りません」


 まぁ、普通はそんなことを知っているはずがない。だが、重さを感じなくなるアイテムボックスを使えば、エネルギーを無限に取り出すことができるのは確かである。


「エネルギーを取り出すことができると言うことは、物質を取り出すことができるのと同じなんだ。

 それに、重さを感じなくなるアイテムボックスの場合、アイテムをデータ化していると考えられるからもっと弄りやすい。

 で、アイテムボックスに別のアイテムボックスを入れ、アイテムボックスの『共有』を使って、一方の出口をアイテムボックスの外に、もう一方の出口をアイテムボックスを入れたそのアイテムボックスの中に設定すると、アイテムをいくらでも増やすことができるのに気づいてね」


「へーっ」


 頷いてはいるが、もちろんセンテラには何のことかさっぱりわからない。

 つまり、AのアイテムボックスにBのアイテムボックスを入れ、外からBのアイテムボックスにアイテムXを入れると、入っているアイテムXは1つだが、見かけはAにもBにもXが入っていることになる。だから共有を使ってAとBから同時にXを取り出すと、Xを2つ取り出すことができ、Xが2つになるという仕掛けである。Bの出口をAの中にも設定しているので、Bの中身をAからも取り出せるのがポイントらしい。


「ちょっとややこしい設定なんで入れられるアイテムの大きさとかに制限があるけど、ある迷宮で手に入れた超の付くレアアイテムを増殖させることに成功したんだ。まぁ、やり方のアイデア自体はケースケに教えて貰ったんだけど」

「……そう言えば館長、うちの博物館の資料もありえないくらい充実してますよね」


 ケースケはふいっとセンテラから目を逸らした。博物館の資料の元はケースケの個人コレクションだが、開館当時でも既に個人で持っているような質と量ではなかったはずである。


「じゃあ、忘れないうちに渡しておくよ。ちょっと待っててね」


 トシユキはそう言うと、隣の部屋から細長い箱を持ってきた。取り出したのは、先に魔玉の付いた杖である。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

(画像の単独表示でgif動画になります)


「わっ、これユニコーンの角ですか」

「そうだ。センテラ、ちょっと持ってみるか? いいよな」


 ケースケはトシユキの返事を待たずにセンテラを促す。許可が下りるのを信じて疑っていないらしい。


「えーっと……えっ……ええっ!」


 杖を持ったセンテラは目を見開いて感嘆……いや、驚愕の声を漏らした。わずかに魔力を送り込んだだけで、ものすごい力が流れ込んで来たのである。


「どうだ」

「ほわーっ、これ使って良いんなら、大陸くらいなら吹っ飛ばす自信があります」

 冗談ではなく、本当に吹っ飛ばすことができそうなところが恐ろしい。


「そんな杖と交換するのに、『見たことがあるようなもの』で良いと思うか?」

「ですよねー」


 これは値段を付けたり、センテラでも見たことがあるような物との交換をするべき杖ではない。しかも、先ほどの話の大きさ制限に引っかかるので複製もできない。そんな杖を渡すことができる、つまり2本以上持っているトシユキも考えてみるととんでもない。交換材料として先ほどの謎水筒(アイテム)が必要だという理由に納得するセンテラであった。




「この絵は何だと思う?」

「ん、キメラ……ではないな。これは」


 トシユキは、今度はケースケが持ってきたネズミの絵が描かれた羊皮紙を観察している。この絵が描かれた羊皮紙を見るのは初めてとのことだが、絵自体には心当たりがあるらしい。

 トシユキはゴソゴソと書棚をあさると、「Natural history of Narounia」と書かれた文献を取り出した。

「えーっと、Zoological record は、と。あった、これだ」

「どれどれ」


 文献には羊皮紙に書かれた図と同じようなネズミの絵が描かれている。違いがあるとすれば、背中に付いている耳の大きさが少し小さいことぐらいだろう。


「なになに、ふむ。この耳は軟骨に皮膚をかぶせて作ったもので、耳としての機能はないが任意の形で形成できる、とあるな」

「ということは、ゴブリンの耳ってわけでもないのか」

「このアルフレッドって研究者はどんな形でも作成が可能であることを判りやすく示すためにゴブリン型の耳にしたんじゃないかな。エルフ耳も可能だろうけど、あまり突出するとネズミの皮膚が足りないだろうし」

「ということは、キメラではなく耳の形をしているだけか」

「だね。鼻でも可能と書いてある」


「そうか……ヤガラはがっかりするかな」

「ゴブリンの保護には別の方法もあるだろうと思うよ。そもそも、耳をギルドに持っていったりしたら絶滅危惧種保存法違反じゃないの?」

「そこが不思議なところで、討伐証明ではあっても殺害証明ではないから、注意だけで終わるんだそうだ」


 冒険者による薬草の過剰採取とか絶滅危惧種への現状変更(こうげき)に対しては、がっつり罰金でも取れば不届き者が減るのに。


「あんまりしっかりやると護民官の仕事が増えるからな」

「それもそうだ、説教しても意味が通じないやつも多そうだし」





「センテラ、届ける物も届けたし話も聞いたから帰るぞ」


 そういってケースケが向かった部屋の床には転移魔法陣がある。センテラが転移先を読み取ってみると博物館だ。


「館長、バックヤードからここには転移陣がないって言ってませんでしたか?」

行き先(・・・)として設定されていない、と言ったはずだ。

 それに国が買えたり大陸をなくしたりできるアイテムが山ほどある場所に転移できるようにしておくのは、侵入者があったときに危険だろう?」


「うー。じゃ、じゃあせめてメンドに転移先を作っておきましょうよ」


 なぜメンドなのか。センテラは、意外にグジマの味が気に入ったのかもしれない。

アイテム増殖方法、うまく表現できませんでした。

青狸(実は猫型らしい)の便利道具に、任意の場所に移動できる扉がありますが、あれを2つ用意します(AとBとする)。

Aに入れたらBから出てくるように設定し、A入口のすぐ前にB出口を置きます。

ここでアイテム(ボールでよい)をAに入れると、Bから出てきてすぐ前のAに入っていき、またBから出て……を繰り返します。

その状態で、Bを動かしてAの入口に入れます。

すると、Aの中に入ったBがAの中のB出口から出てきて、さらにそのB出口から出たBの中からBが……というようにBが無限増殖し、同時にBから出てくるアイテム(ボール)も無限増殖します。合わせ鏡を像ではなく物で実現した状態です。

このアイテム(ボール)は、中から出られない(出口がすでにAの中に入ってしまっているため)ので増えても意味はありませんが、アイテムボックスの場合は「共有」を使うと別の出入口の設定が可能であり、アイテムを出し入れすることができます。

トシユキさんはこのようにしてアイテムを増殖させたのです。



エネルギーの方は、水力発電所の水の出てくるところに扉Aを置いて、その水の出口をタービンの上に設定し、もう一度発電に使うと考えればエネルギーを無限に取り出せるのが判りやすいと思います。

本来、重さのある物を高いところに移動するには位置エネルギーに相当するエネルギーを消費するのですが、重さが無くなっていると「エネルギーを取り出すだけ」が可能になります。


資料No.W-11061 ユニコーン角製の杖

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