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ナロウニア国立博物館物語  作者: 林育造
素材採取の旅②
22/43

セキュリティ

「あそこが目的地のソノギ岬だ」


 ケースケ達は河口にあるメンドから、ソノギという小さな半島とも言える岬に向かっていた。

 ここまでディスクで飛んできたのだからそのまま飛んで行けば良いと思うかもしれないが、このあたりはフライングトビーという、コウモリに似ているくせにやたらと指先が器用な飛行性の魔物がおり、食べ物を盗んだり通行人を襲ったりする。屋外で魚の干物なんか乾していたら確実に持って行かれるのだ。対抗策として思いっきりしょっぱい干物や毒を持った魚を干してみたこともあるが、誤食によって却って被害が出たためどうしようもなくなり、今ではなるべく食べ物を外に出さないようにして被害を防いでいる。調理した食べ物を別の家に運ぶ途中に掻っ攫われる「トビーに油揚げ」という言い回しがあるくらいである。ケースケとて簡単に被害を受けるような飛び方はしないが、大量に(たか)られると飛行が不安定になり、運んでいる物に被害が出かねない。そんな地域を食べ物の臭いをプンプンさせて飛行するのは危険だから、歩いて移動中なのである。


 ソノギ岬の山の上に行く者など多くはないので、街道は海岸から離れて西に延びている。そのため岬に向かうにはどこかで街道を外れて行かなければならない。この街道からの分岐は結構な内陸側の少し登ったところにあり、岬の方向に行くのなら、一度下ってまた登っていくことになる。そんな遠回りをするより、メンドから海岸に沿って行った方が楽だし早い。


「ねぇ館長、間の湾を凍らせちゃったら楽に歩いて渡れると思いませんか?」


 メンドから海岸沿いに歩き始めてすぐ、センテラがそんなことを言い出した。目的地は湾を挟んだ向こう側だが、目の前の湾を歩くことができればかなり移動距離を減らすことができるだろう。だからこいつは湾を凍らせてショートカットしようと言っているのだ。もちろん、表面だけとはいえ湾の海水を凍らせるという発想はセンテラならではである。


「お前なぁ、また漁村を潰すつもりかっ。それにあの子は一番危なかったんだぞっ」


 これまた半年ほど前のこと。ある漁港で魚類のサンプルを収集し、保存のために氷を作りだして収納していたセンテラの元に、地元の漁師の少年が氷魔術を教えて欲しいと頼み込んだ。少年の方は魚の保存に使えるだろうと考え、センテラも飛行魔術や浄化魔術とは違ってすぐ役に立つ魔術だし危険はなく大丈夫だろうと判断して教えたところ、ご多分に洩れず少年はあっさりと魔術を覚えて見せた。


 氷魔法は空気中の乏しい水蒸気からも氷を作成できる効果がある。これを、少年は水中で使ったらしい。


 らしいというのは、目撃者がおらず、少年の記憶も曖昧だったからだ。


 少年は、腹側に穴が開いた状態のサメの死体と共に見つかった。


 水魔術は水蒸気に乏しい陸上でさえ氷を作り出すことができるのだ。周りに水がたくさんあるので、水中で使用するのは難しくない。

 だが、人間は体温を一定に保つ恒温動物であり、それは異世界でも変わらない。水中に潜ったまま周囲を氷だらけにしてしまえば、氷水に体を浸けるのと同じことである。陸上であれば火を起こして体を温めることもできるが、水中ではどんどん体温を奪われていくだけだ。冷えた血液が心臓に達してしまえば、ほぼ確実に心臓マヒを起こす。


 年齢的な体質によるものか、日頃から水中で漁をしていて耐性があったのか、あるいは発見が早かったのが良かったのか、本当に奇跡的に少年は助かった。


 しかし、漁村の人たちは少年が魔術を覚えたことなど知らないので、水魔術によってサメに穴が開いたとは思わず、何か少年とサメを攻撃するような怪物が存在しているかもしれないと考えた。結局、少年の意識が戻るまで漁に出ることができず、周囲にも迷惑をかけることになったのである。


 そのことをケースケに指摘され、センテラは渋々海岸に沿って歩いていくことにしたようだ。山が海岸に迫っている影響なのか波打ち際は砂浜というわけではなく、握り拳ほどの石も混ざった砂利海岸になっている。


「か、館長っ、なにかぐにゃっと……」


 ケースケが「どうした」と言おうとする前に、センテラは不安な表情のまま足元に視線を落とした。大きめの岩を迂回しようと海側に入った途端、なにか水の中の軟らかいものを踏んでしまったらしい。踏みつけた生物の体液なのか、センテラの足下の海水が見る見るうちに赤紫色に染まっていく。


「そいつか、食えないことはないぞ、捕まえておくか?」

「……止めておきます」


 海産物を見かけで判断してはいけないが、周辺にはあまり食用に適しているように感じられない形態の生き物がいくつも転がっている。


「夕方から訪ねるのは避けたいから今日はその辺で野営することになる。だったらグジマでも採集しておこう」

「グジマ?」

「そこの岩にへばりついているやつだ」


挿絵(By みてみん)


「えっ、どれですか」


 岩の上には殻に覆われたゾウリのような形の生き物がへばりついている。メンドではなぜか食べる人がほとんどいないのだが、ヘラのようなもので剥がし、殻と内蔵を取って食べることができる。もっとも、採集モードになっていないセンテラから見ても、どこにくっついているのかさっぱりわからない。




「結構おいしいですね、これ」

「だろう? 採集も簡単だし、生で海水を付けただけでも食べられるから知らない冒険者はいないはずなんだが」

「ナロウニアの冒険者はウサギやイノシシは狩って食べますけど、海産物は魚とタコイカくらいですもんね」

「いくら食に詳しくても、自分の好みと経験から全く出ないのは困ったもんだよなぁ」


「今度、博物館でグジマ焼きの屋台でも出しましょうか」

「誰が海まで採りに来るんだよ」

 移動能力と採集スキルを考えたらケースケしかいない。



 ソノギ岬の丘の上にある目的地はケースケの知り合いであるトシユキ・アーサー・リパイルマーの家だ。これが普通の家であれば夕方に到着しても泊めて貰うということができるはずなのだが、トシユキの家ははっきり言って客が寝ることができる場所がない。スペース的には寝転がる場所があるし本人も寝ているのだが、うっかり暗い中起き上がって物にぶつかると、城がいくつも買えるような値段がする物を壊しかねない。だからといって、居間で寝ることにして布団を運ぼうとすれば、途中で何かに引っかかってしまって壊してしまう可能性が高い。野営して朝から訪ねた方が余程安全だし安心できるというものである。



 明るくなってすぐに起き出し、少し藪の中を進むと丘の登り口である。人がすれ違うのは困難な程度の細い道が丘の上に見える屋敷の方に続いており、両側は急な角度で落ち込んだ崖になっている。


「あとちょっとだあぁぁぁ」

 そう言うが早いか、それまでゆっくりと歩いていたセンテラは登り坂に向かって駆けだしてゆく。

「あっ待て、そっちの道じゃない」

「いやあぁぁぁ」


 悲鳴とともに姿が見えなくなり、落とし穴に落ちたはずなのになぜか高さ5mほどの木の枝に引っかかっているセンテラ。


 センテラは判断力もあり、瞬間的に対応できるため命に関わる危険を感じたことがないらしく、結構な無茶をやることが多い。何かあっても瞬間的に魔術で対応できるのだから判らないでもないが……。


「人の注意も聞かずに接近するからだ。貴重なアイテムが山ほど置いてある家のセキュリティを舐めるなよ。こっちの道は迷宮のようになってるフェイクだ」


 そう言ったケースケは荷物からロープを取り出す。


「いいか、この端を持って少し登ってみろ、ロープを絶対に放すなよ」


 センテラは言われるままにロープの端を握り、ひょいひょいと坂を登っていく。20mほど登ったところで振り返り、ギョッとした顔つきになった。


「な、何ですかこれ。ロープが変な方を向いてますが……」

「うん、そのロープの方向に向かって歩いて降りて来い」

「が、崖から落ちたりしないですよね」


 センテラは言われた通り慎重に降りてくると、坂の下で緊張のあまりぺたんと座ってしまった。


「何ですか、この道……」

「この道な、迷宮と同じように空間歪曲の結界が張ってある。

 登りは見ての通り一本道だが、下りは3方向に分かれるような分岐ができていて、全部で255個分岐があるらしい。

 登りに両側が崖になっているのを見てからだと心理的に左右の道を選びにくいから、ほぼ確実にループしてしまうことになっているようだ。

 奇跡的な確率で戻ってこれたとしても、そのときは落とし穴の存在を忘れていて嵌ってしまう。

 だから屋敷から戻るときこっちの道を選ぶと絶対に逃げられない」

「……はぃい?」


 なにそれ怖い。


「というわけで、道はこっちだ」


 ケースケは、道の左側、崖横の目立たない更に細い道を降りていくと、洞窟の入り口を指差した。


「ここから行くんだが、慌てて飛び込むなよ」


 洞窟の中はぽっかりと深い穴が口を開けているのが見える。


「もう飛び込みませんよ。こ、これ落ちたら上がって来れそうにないですけど大丈夫ですか」

「大丈夫じゃないから落ちるなよ。この中は落ちたら掴まるところもないし、底は泥沼になっている。かといってレビテーションを掛けると、周りに高純度の魔晶石がたくさん仕込んであって効果が16倍ほどになるから、すばらしい勢いで上の壁に激突し、首の骨を折るか脳震盪を起こして下の沼にボチャンだ。どちらにしても無事では済まん」

「いったいどこのダンジョンですか」

「行けばなぜここまで厳重にしてあるかわかるさ」


 ケースケはそう言いながら穴の縁に沿ってゆっくり進み、巧妙にカモフラージュされた隠し扉を開けると、マイク状の構造に向かって話しかけた。


「おーい、トシユキ、入れてくれ」


 しばらくすると岩にしか見えなかった奥側が扉のように開き、人が乗れる大きさの板が縦穴をするすると落ちてきて目の前に浮かんだ。これは東の大森林でイリアが操っていたのと同じ物だろう。


 ケースケ達が板に乗ると、板は縦穴の中をゆっくり上昇していった。

グジマさん、ここに2匹いましたが、海藻の陰でちょっと判りにくいかも

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