荒野から砂漠へ
今回、節足動物の挿絵画像があります
苦手な方は【挿絵を表示しない】にしてご覧ください
苦手ではない方も、通常体験できないアングルになっていますのでご注意ください
ガリガリガリ。
岩塩をおろし金で細かくする作業の音が続く。
「館長、こんなものですか」
「センテラ、肉の量を見て言ってるか?」
「うぇぇ、残った分は埋めておくとか、せめてマジックミルを使わせてください」
「だめだ、この大きさの肉食動物を食べる以上、その命に対して責任を持つべきだろう。埋めてしまうなんてとんでもない。そもそもオオカナマは希少種なんだぞ」
肉食動物を食べると言うことは、その個体の命だけではなくそいつが大きくなるために食べた動物の命も引き継ぐことになる。埋めても土に還って命の循環に戻ってはいくのだが、ケースケとしては野生動物を食べることを簡単に考えて欲しくない。そのため肉の量を実感させるべく、味付けに使う岩塩を細かくする作業を手動でやらせているのだ。センテラがマジックミルと言っているのは、魔術で出した水に岩塩を溶かし、その食塩水の水分を蒸発させて細かい結晶を得るという魔道具である。
「ほら急げ、もうコショウは挽き終わったぞ」
「うぅ、館長のいじわる」
「いじわるとはなんだ、俺だって魔術なんか使ってないぞ」
センテラが岩塩を削っている間、ケースケもコショウを石で叩き細かく砕いていたのである。こんな大物を焼肉にする予定はなかったので、今回持ってきたコショウのほとんどを使ってしまった。
約1時間後、センテラはようやく納得してもらえる量の岩塩を挽き終わった。空はすっかり明るくなっている。
「さて、焼くか」
塩コショウを鳥肉にまんべんなくすり込んだケースケが拾ってきた木の枝を肉に刺し、さらにX字形に組み合わせた木を地面にしっかり立てて、たき火の上に肉が来るように肉の刺さった枝を渡す。
「乾し肉にする分以外は暖めておいてくれ」
半分以上乾し肉にするにしても、火の通りを考えると残りを焼き肉にするにはかなりの時間がかかる。ケースケはセンテラに下ごしらえという名の予備加熱をしてもらうことにした。
「了解です、館長」
魔術で液体窒素を生成できるセンテラは分子運動を操ることができる。センテラは肉をまとめて90℃ほどまで加熱しておく。100℃にしないのは気化熱にエネルギーを奪われてしまって効率が落ちるのを避けるためである。
なお、肉を加熱できると言うことは、もしこれを人間を含む動物相手にやるとかなりのダメージを与えることになるはずで、体力のない魔術師相手だからとセンテラに接近戦を挑むのは無謀というほかない。レジストできる者などまず存在しないが、電子レンジと同じで離れた相手にはほぼ効果が届かない。
ケースケが残りの肉を焼く間、センテラはせっせと乾し肉作りである。と言っても薄くスライスしてぶら下げていくだけだが。乾燥地帯の昼間で風も吹いているから良く乾くだろう。
もちろん、ガラスープも作って水分を飛ばし、汎用性の高いスープの素を作っておくことも忘れない。
「さて、食べるものはたべたし、昼間の休息だが……」
本来であれば木に登るか、浅い穴でも掘って隠蔽と防御結界を張ってのんびりお昼寝といきたいところである。しかし、辺りに焼き肉の香りをプンプンと漂わせたあげくに、肉をこれでもかと言うほどぶら下げまくっているのだ。人が通りかかることはまずないだろうが、野生動物を惹きつけるには十分である。
「無警戒で寝てしまうのは避けたいところですよね」
「そりゃぁそうだ。かといって、起きたら移動だから広範囲に結界を張り続けるのは止めた方が良いな」
魔力を使い続けたら飛ぶ分の魔力が足りなくなる可能性だってある。普段ならそんなことはないのだが、センテラは肉を20kgほど加熱したばかりなのだ。
「やむを得ん、持って行かれたら諦めよう」
ケースケはなるべく高い木に乾し肉用の分をぶら下げると傘の骨組みのようにロープを張って飛行型モンスターの来襲に備え、焼いた分は包んでディスクの下に隠した。ロープの端はケースケが、ディスクはセンテラがそれぞれ必要最小限の結界で覆い、テントの中にもぐり込んだ。野生動物か何かがロープに引っかかったり、ディスクを持ち上げようとすれば、それに気づいた方が相手も起こして対応することになる。
どうでも良いことだが、移動中の荒野で無駄に体力を使うのは危険であると認識しているので、同じテントに寝ていてもふたりとも余計なことは考えない。
夕方になって起き出した時には、肉は乾し肉の完成まではいかなかったが、ほどよく乾燥していた。幸いなことに、ディスクの下の焼き肉も無事である。さすが野生動物、あまりにあからさまな罠には警戒するらしい。結局、乾して水分量が減り、乾し肉と焼肉の重量は合計で15kgほどになった。元の荷物が少ないので、これなら余裕で持って移動できる量である。
川は国境になっているが、別に検問なんかがあるわけでもない。適当になるべく歩きやすそうな林の中を川に向かって進む。しかし、歩きやすいと言うことは獣道であり、肉食動物から見れば獲物の通り道と判断されていたようだ。突然、木々の間から大きな蜘蛛が出現した。
「#$~=#$%&!!!」
蜘蛛にしては緩慢な動作で近づいてきたのはアピンであった。クーブより地味な色をしており、地上生活への適応なのか生えている毛が多い。アピンは警戒本能がないのか、よりによってセンテラを獲物に定め、飛びかかった。
「!」「!」
ただでさえ大きな節足動物が苦手なセンテラである。突然のことに、手加減も躊躇もなく最大火力のギガフレアをぶっ放した。慌てて飛び退くケースケと湧き上がるキノコ雲。
「ほらっ、キリキリ歩け」
結果的に新しい湖ができてしまった。水が貯まるまで3日ぐらいかかりそうな大きさである。センテラは20kgの肉を加熱した後クレーターを作ったので魔力がかなり減っており、回復するまで歩くことになったが、下流側の縁を歩いて全く濡れることなく対岸に渡ることができた。既に行く方向に木は1本も存在していないが、対岸の疎林を抜けると砂漠になる。ここからはディスクで飛行していく予定だったが、魔力の回復が十分ではなかったのでここもしばらく歩くことにした。砂漠の砂は赤褐色で細かく、さらさらしているので歩きにくい。
次第に周囲が暗くなってきたところで、大きな影が動いているのが見えた。
「あっ、あれはっ。サ、サソリですよね」
動いているのはダイオウサソリだった。暗くなってきてシルエットしか見えないからか、大きな節足動物であるのにセンテラはそれほど慌てていない。
「いちいち驚くな、砂漠なんだからサソリくらいいるさ」
「だって、毒があるんですよ。ハサミだって大きくて強そうだし」
「何を言う、こんなハサミが大きいサソリなど、尻尾を掴んでしまえば何もできん」
ケースケは呆れたようにそう言うと、こともなげにダイオウサソリに近づき、ハサミを外側から蹴飛ばした。砂が細かいからか踏ん張りが効かず、ダイオウサソリは蹴られた方向にぐるんと半回転し、反対側にあった尻尾を掴んでくださいとばかりにケースケの前に突き出す形になった。ケースケはそれをあっさりと掴み取るとダイオウサソリを持ち上げ、振り回すようにしてぽいっと遠くに放り投げた。
「いいか、サソリは毒が強ければ獲物を大きなハサミで押さえる必要がない。単に毒で弱った獲物を食べるだけだ。
毒があるにもかかわらずハサミが大きいと言うことは、毒の効きが弱くて押さえていなければならないということだ。そんな奴を恐れることはない。
砂漠で本当に気をつけるべきサソリはハサミが小さい奴なんだよ。それに、こいつらは決して好戦的ではない、無視しておけば良いんだ」
なかなか餌を獲得できないような環境で、餌でもない相手と無理に戦闘することはない。餌がいつ獲れるかわからないところで何かと出会うたびに喧嘩していたらエネルギーの無駄遣いでしかない。喧嘩っ早い個体とおとなしい個体がいた場合、確率的に多くの子孫を残すのはエネルギーの無駄遣いをせず子どもにエネルギーを使うことのできるおとなしい個体なのだ。その結果、過酷な環境では餌に対しては躊躇しないが、餌以外には攻撃しない性質を持ったものが殖えていくことになる。
「でも館長、私たちは餌に見えているようですよ」
投げ飛ばされたサソリは、ゆっくりと近づいてきた。
「仕方がないな」
ケースケは小麦粉少量を水で溶いて魔術で加熱、できた糊に砂を混ぜるとダイオウサソリの頭の後ろ、丸い構造が並んだ部分に投げつけ、ダイオウサソリの動きが止まるとさらにぺたぺたと塗りつけた。
「目潰しですか」
「そうだ。我々が見えなければ襲っては来るまい。デンプン糊だから乾いたら簡単に剥がれるだろう。さて、体が冷えないようにキリキリ歩いて行け」
「冷えたら館長が温めてくださいね」
「折角の砂漠だから、昼になるまで砂に埋めておいてやろう」
色気もへったくれもあったものではない。まぁ、仲が悪ければこんな軽口など言い合えないのは確かなのだが。
青山さん(仮名)によると、砂漠で恐ろしいサソリはクリーム色~黄褐色でハサミが小さい奴らしく、チクリとやられただけで「腕が丸太のように腫れる」そうです
「撮影しても良いけど自己責任で。日本に血清はないよ」
というわけで、しょぼい挿絵画像になりました