荒野
ケースケとセンテラは資料アイテムの受け取りとゴブリンからの調査依頼のために、隣国アランのコレクターの元へ行くことになった。
隣国アランには転移ポイントは設定されていないから、西の街オートグまで転移した後に荒野と国境、さらに砂漠を越えるという結構ハードな行程である。一旦海岸に出てそのまま海岸沿いに行くという方法もないことはないが、遠回りなので余計に日数がかかる。
「よいしょっ」
ケースケが出してきたのは木でできた2枚の半円形の板で、おがくずを固めたもので貼り合わせてある。これはもちろんゲオルグの作で、現在は同じものをプラスティックで作っている最中だ。プラスティック製のものが完成すれば、性能は飛躍的に良くなるはずである。
これを組み立てると、直径4mほどのお皿のような形をした木製の円盤になる。つまりは巨大なフライングディスクで、これに乗って移動しようというのだ。
「えっ、それで行くんですか」
「そーさー」
「?」
センテラは両親が地球出身とはいえこちら生まれである。ケースケの高度すぎる親父ギャグは通じなかったようだ。
「前の広場のゴーレム馬車で行くんじゃないんですか」
「確かに荷物は積めるかもしれないが、四駆でもないし荒野を走れるわけがないだろう」
博物館の前にはトラックの形の自律走行可能なゴーレム車が置いてあり、国内の移動には使うことがある。それほどスピードを出していなくとも勇者連中が面白いように避けてくれるので便利だが、道路が整備されている国内ならともかく、荒野を走るようにはできていない。国境を越えるルートとはいえ、荒野は誰も行かないので道路などないのである。
ケースケ達の旅装は、荷物が驚くほど少ない。水は魔術でなんとかなるし、食材は基本的に途中で購入するか自力で調達する上、着替えもほぼ必要としないからだ。別に謎のアイテムボックスに頼っているわけではない。主な荷物は折りたたみ式の簡易テントと携帯コンロなど野営グッズと武器少々くらいである。
荷物は少ないのだが、移動手段は限られている。
時間がかかるので徒歩というわけにも行かず、飛んで行こうにも浮遊魔術をかけ続けると魔力を消費してしまうので、いざというときの対応を考えると魔力の消費が少ない方法が良いのだ。そのため何かに乗っていくことになるが、地上は地面の状態の影響を受けるので、ここは乗り物で飛んでいきたいところだ。
転移はできない以上、荷物が落ちたら危ないのでなるべく低空を飛行し、必要に応じて休みながらの移動となる。簡単に言えば魔力消費の少ない風魔術で揚力を生じさせ、乗り物を浮かせてサーフィンの要領で前進するのが手っ取り早い。
板は円盤になっており、エッジは片側に向かって被さるように丸まっている。お皿と丸いサラダボウルの中間のような形状だが、底の裏側に相当する部分はわずかに平らになっていて、ここ乗るようになっている。
移動している様子を見るとリニアカーみたいな動きだが、原理は異なっている。フライングディスクは本体が回転している間は揚力が発生するようにできているが、この板は回転させると乗っている者が眼を回してしまうため、代わりに上下にある空気を回転させて揚力を発生させるのだ。乗っている者は風魔術を使って動かない空気を身に纏っているので、変な風には晒されたりすることはない。
板が大きいので安定はしている。しかし、重心が中央に来ないと不安定になるから動くことはできない。動かない方が安定するのは同じだが、これを単なる板で作って風の流れに密着させるように載せると、空飛ぶ絨毯になるわけだ。
風魔術で板状のものを浮き上がらせる発想は昔からあった。空飛ぶ絨毯もそのひとつである。だが、空飛ぶ絨毯だと前方から風を当て続けなければならないのでウインドシアーが発生しやすく不安定だし、着陸も難しい。どこかの忍者のように、凧に乗っているのと同じだが、凧は糸で引っ張っているからこそ安定しゆっくり手元に戻せるのだ。糸のない凧が単独で飛ぼうとすると、「糸の切れた凧」という言葉があるようにくるくると回転したり、下手をすると頭から墜落してしまうことになる。
そこへ行くとフライングディスクは風を回転させておけば揚力が発生するので、安定しているし着陸もしやすい。
オートグの街まで転移し、腹ごしらえをしたら、宿に泊まることなくすぐに出発である。
「しばらく昼夜逆転ですね」
「仕方がないな」
荒野と国境を越えるとしばらく砂漠を移動することになるが、それなりに乾燥していて高温になる砂漠を昼間に移動するのは危険である。そのため砂漠での移動は夕方に起きて動き出し、夜の間に距離を稼いで朝には温度変化の少ない深さの穴を掘って休憩に入るのがセオリーだ。また、荒野や砂漠を明るいうちに飛行していると縄張りを持つ飛行型のモンスターに襲われる。お皿にごちそうが載ってやってくるように見えるのだろう。もちろん返り討ちだが、乗ったままの戦闘は不安定になって危険だ。
砂漠に到着するまでに昼夜逆転に慣れる意味もあって、ここからは昼間は休憩するサイクルで移動していくのである。
だが、荒野にはまだ夜行性のモンスターも多いし、昼間は盗賊集団がうろついていたりもするので、夜間に移動して昼間は寝ているというわけにも行かない。適宜、隠蔽をかけて野営することも必要になってくる。また、風が乱れる原因になる高い木が多いところを越えていくのは避けたいから、周囲の様子を見ながら徒歩で移動することもある。
オートグを出てしばらくはまだ明るい中をタンデムで颯爽と飛んで行く。センテラはケースケの背中にしがみついて風が安定するように空気塊を纏わせる。なにしろセンテラは押しつけるものがないのでしがみついても姿勢はきわめて安定しており、結構な安心感が得られているのだが、それを言うと機嫌が悪くなるのでケースケはその話題には触れないことにしている。
夜が明ける頃、荒野を抜けて国境近くまでたどり着いた。このあたりでは川が国境になっているので、国境周辺だけは疎林とブッシュが見られる。ブッシュの近くは意外な危険もあるので、やや離れたところでディスクから降りて歩いていく。ケースケは高さ4mの板を2枚持っているわけで、薄い板に強化を施してあるので見かけより軽いが、一般人が持っていれば風を受けてえらいことになるだろう。便利だが誰にでも扱える乗り物ではない。
「彼らが例のネズミの絵を見つけたという小屋を探してみたが見つからなかったな」
「さすがにこの荒野は広いですからね」
「さて、一旦野営の準備でもするか」
「あっ、獲物ですよ」
小声のセンテラが指さす先には中型のオークが歩いている。センテラは大きな節足動物は苦手だが、他の動物はオークを含め食材としてしか見ていない。ナロウニア王国人として、オーク肉に対しては躊躇などしない。
「待て待て」
ケースケはオークを追って獣道に突っ込んでいこうとするセンテラを慌てて止めた。
「何ですか館長、獲物が逃げちゃいますよ」
「お前は食い物しか見てないのか、そこの植物をよく見ろ」
「あっ!! ありがとうございます館長。オークが平気で歩いて入って行ったんで油断してました」
ケースケが示した先にあるのはオオハナウドの群落だ。この植物は皮膚に触れるとひどい炎症を起こすので突っ込んでいくのは危険である。不思議なことに、オークはこの植物の中に突っ込んでいっても平気なのだが。
「安全だからではなくて最短コースだからこのルートなんだ、気をつけろよ。この辺は川が近いからブッシュランナーだっているんだぞ」
「ブッシュランナーって鳥ですよね。美味しいんですか?」
一晩移動してだいぶ空腹になっているためだろう。センテラは食材としての興味優先になっている。食い物のことしか考えないセンテラに、ケースケは眉間に皺を寄せつつそれでも答える。
「鳥は鳥だがあいつは細身の恐鳥だな。
鳥をなめるなよ。鶏だって油断したら怪我するんだ。
蹴られたら骨折だけじゃ済まない、クリティカル貰ったら下手すりゃああの世行きだ」
「そんなに物騒なんですか」
そんなことを話していると、何がフラグだったのか先の方に砂煙を上げながら近づいて来るものがある。ダチョウを流線型にしてクチバシを太くさらに鋭くしたような鳥だ。
「センテラ、逃げろ」
ケースケの声が飛ぶ。砂煙の方角からは大きな二足歩行の(当たり前だ)全体は灰色っぽいが頭の色が薄く、冠羽があってクチバシが黄色い鳥が突っ走ってくる。
鳥は咄嗟に離れたセンテラではなくケースケに狙いを定めたらしい。ケースケは鳥の突進コースから素早く横に避けると、コース上に残した手を上に伸ばして鳥の頭を掴み、鳥の勢いを利用して首を曲げつつ掴んだ頭を羽根の下に突っ込んだ。そのまま鳥を押し倒すようにしてマントを上からかぶせると、鳥はおとなしくなった。
「うわぁ、館長さすがですね」
「これはまだ若くて小さいから頭に手が届いたが、成鳥だと3m近くなる。そんなやつに襲われたら逃げるか倒すしかない。しかし、この荒野で3mまで大きくなったやつを倒したくはない」
「てことは、このサイズなら食べてもいいですよね」
砂漠を昼間に越えようとするのは自殺行為だと思います
木製フライングディスクは資料ではなく移動手段です。ケースケが「そーさー」と言っているのはUFO=フライングソーサー(空飛ぶ円盤)ということからのギャグネタです