ゴブリンの団体
「ゴブリンの団体さん?」
「うん、何か館長に会わせてくれって」
それは珍しい。何、館長への面会を求めていることがではない。そもそも博物館の存在などあまり知られていないが、にもかかわらず来館するからには明確に展示物か職員が目的であるはずだ。
珍しいのはゴブリンである。
ナロウニア王国にはモンスターとしてのゴブリンと「異世界人」としてのゴブリンの2種類が存在する。このうちモンスターとしてのゴブリンは元から個体数がそれほど多くない。すぐ殖えるから個体数が多いんじゃないかと思うかもしれないが、ナロウニアの住人、特に自称勇者や冒険者といった連中は何を勘違いするのかゴブリン=討伐対象と思い込んでいる輩が多いので、見つかったら片っ端から殺されてしまう。台所の魔王のように、ものすごい捕殺圧力に晒されても増殖環境が保たれているのと違い、ナロウニアのゴブリンは増殖できる環境にはないのである。
もう一方の「異世界人」としてのゴブリンは主人公クラスでないとこの国にやって来れないようなのでこちらも個体数は少なく、せっかく出現してもやはり勇者などに追い払われてしまうのだ。
従ってゴブリンはこの国では絶滅危惧種、立派な保護対象である。
まったく、二言目にはたくさんいるし放っておくと殖えるだの、繁殖力が半端ないなどと。貴様らのそう言う思い込みがリョコウバトをこの世から消したのではないのか。
似たような位置づけであるオークは……ナロウニアでは家畜化されていて種として絶滅の心配はなかったりする。
何でも食べ、肥育率、繁殖率が高く肉質が良い。
食べるとき、何の肉か知らなければ平和だ。現代日本人だって、肉牛がどのようにして肉になっているか知る者は少ない。
ちなみに、その、何だ。繁殖率が高いことからの連想なのか、そのパーツは秘宝館に行ったりする。どこのパーツか、判らない人は気にしなくて良い。
ナロウニア王国内には、「ノクターン秘宝館」というのがあって、秘宝館の名に恥じないある種のものを集めて展示しているのだ。
何? 秘宝館を知らないだって?
秘宝館というのは鯨のは1mあるとか、サイのがねじれているとか、ドーソ教のご神体がどんな姿をしているかなんてことを知ることができる博物館のようなものだな。ケースケの知り合いのサキュバスのお姉さんが受付をしていたりする。
オークのパーツなんて全然秘”宝”ではない気がするのだが。普通には入手できないから珍しい宝なのかもしれない。
特殊な薬になると言うのも聞いたことがある。
国立博物館では扱っていない。そもそも、博物館で大っぴらに展示するようなものではないと思う。
さて、そのケースケに面会を求めたゴブリン達に話を戻そう。
ナロウニアでは絶滅危惧種。そんなゴブリンが団体で来るとは何事か。ケースケはエントランスに向かった。
エントランスに着いてみると、10人ほどのゴブリンが集まっていた。だがその姿ははっきり言って、博物館に見学に来たような格好には見えない。全員服は着ているがボロボロで、耳が無いものも多く、斜めに切られたであろうひどい傷跡が残っている者までいる。まぁ、この博物館は他の客に迷惑をかけない限り、ドレスコードなんてものはないのだが。それにしてもひどい格好である。
「いらっしゃい、何かお探しですか」
ゴブリン達の格好については全く気にしない表情でケースケが問いかける。その口調と態度はデパートの店員のようだ。
「アナタが館長さんカ?」
「ああ、失礼、ここの館長をしているケースケ・ベルベット・スティンガーです」
「そうか。わたしはヤガラという。この博物館の内容ト情報収集力を見込んデ頼みがある。できればでかまわないのだがコレについて調べて欲しいのだ」
ヤガラと名乗ったゴブリンはそう言うと、羊皮紙の紙片を差し出した。左右は裁断されたようになっているが、下は破れているようだ。見ると描かれているのは大きな耳の付いたネズミの絵である。
「おっと、ちょっと待ってくれ」
ケースケは羊皮紙を渡そうとしたヤガラを押しとどめた。受け取って調べたいのはやまやまだが、学芸員としては資料の出所は気になるものである。もし、問題のある資料を受け取ったりその結果公開してしまったら、その責任は誰がとることになるのか。そう言うことをクリアして、初めて公開できるのである。だいたい、この画像公開しても大丈夫だろうか?
「えー、バランスはちょっと変だけどかわいいじゃないですか」
「いや、この耳はおかしいだろ?」
「まぁ確かに骨がどうなっているのか不思議ですね」
一緒にやってきたセンテラが覗き込みながら感想を漏らした。不思議の方は同意できるとしても、かわいいか?
「これを書いたのはどなたですか?」
とりあえず直接の問題はないだろうと羊皮紙を受け取り、裏を見てみると” clüba” と書かれている。
「西ノ荒野にあった小屋で見つけた荷物の中にあっタ。何人かで調べてみたが我々で何か書き加えたりハしていない」
「clüba? 書いた者の名前かあるいは地名か何かかな。こんな人名も地名もこの国にはないはずだが」
「いや、この国どころか世界のどこにも無いでしょ」
書いてある文字は良くわからないが、小屋に放置された荷物の中にあったと言うことからケースケはそれほど問題はなさそうだと判断し、もう一度絵に注目した。
ネズミらしい動物に、大きな耳が付いており、ゴブリンかエルフの耳のようにも見える。絵の下には文字が書かれていたような跡らしきものがあるが、破れているのでよくわからない。いくら不思議の世界と言えども、そこらのネズミにこんな耳が付いているはずはないから、これはキメラの1種だろうか。
キメラはæ音の読み方によってはキマエラまたはキマイラとも呼ばれるが、胴体が山羊、で頭が獅子、尾が蛇というように別々の種の特徴を持つ器官が1つの個体に含まれているモンスターである。東アジアにも鵺と呼ばれるサル・タヌキ・トラ・ヘビの器官が合わさったモンスターの記録があるので、単なる変異個体ではなく広い範囲に分布していたもののようだ。これがキメラの1種だとすると、この絵の個体はネズミとゴブリンの特徴を持つキメラを描いたものと考えることができる。つまり、これはまさにゴブリンの耳が生えたネズミなのだ。
しかしこのキメラ、実物を見て描いたものだとしたらその実物はどうやって出現したのだろうか。たまたま生まれたにしては組み合わせがおかしいし、誰かが何らかの方法で生み出したとするといくつか問題がある。まず、生み出した方法と、他の組み合わせでもキメラの作成が可能かどうかである。
なぜそれが問題になるのか。
適当にその辺で動物やモンスターを捕まえ、すっぱりと切ってパーツに分け、元と異なる組み合わせでくっつけてもくっつくわけがない。いや、元と異なる組み合わせどころか元通りの組み合わせでも簡単にはくっつくはずがない。従って、くっつけることが可能だとすると、負傷、それも腕や脚、場合によっては頭がとれてしまうような負傷でも元に戻る可能性があることになるではないか。
簡単にくっつける方法があるなら、怪我をすることが日常茶飯事である冒険者などを中心に、その方法には多くの需要があるだろう。
もう一方は危険性である。どんな組み合わせでもキメラの作成が可能だとしたら、ワニやカメなど防御力の高い胴体にトラやクマのような攻撃力と機動性のの高い四肢、さらに念のため毒蛇の尾に、デュアルコアとして人の頭を2つほど載せると言った組み合わせの危険生物の作成が考えられる。単体でもこんなやつと出会ったらかなり嫌だし、攻撃の駒として大量投入されたら慎重かつ早急な対応が必要になる。
とはいえ、現存する生物の形態にはそれぞれ意味があるので、単に強いところを組み合わせてもそれが性能として加算された個体になるとは限らない。逆に互いに干渉して予想もしない弱体化をする可能性だってある。人の頭が2つなんて、絶対意見の相違から喧嘩になりそうだしな。
「で、コレの何を調べればいいのでしょう」
ケースケは羊皮紙を一旦ヤガラに返す。
「何に使うのか知らないが、どうも冒険者達ハ我々の耳を欲しているらしいのダ。我々だって耳を切られたら痛いし、音が聞こえにくくなって不便ダトいうのに、やつらハ耳を切るためには殺すことも厭わないようなのダ。しかし、この技術があれば冒険者の欲する耳をネズミを使って作ることができそうデアル。そうなれば冒険者達もたくさん耳を入手できて助かるだろうし、我々も耳を切られる心配をしなくて済ム」
「わかった、詳しく調べてみるから暫く貸してもらってもいいか」
耳を大量生産できるようになってもおそらくゴブリンの被害は減らないだろうが、この資料自体に興味はある。
「ウム、これはしばらく預けてオク。ヨロシク頼む」
預かってはみたものの、ここの資料だけでは何を書いたものか、どういう技術なのか判らない。このようなことに詳しい人物に聞くしかない。
ケースケにはそういう人物に心当たりがあった。しかもちょうど、その人物の所にある資料を引き取りに行く用事がある。
その人物とは、魔具のコレクターである。ケースケは、このコレクターが欲しいアイテム入手のために、重複したコレクションを手放しても良いと言っているという情報を入手していた。
コレクターという人種は、自分が集めている物やそれに関連する情報にはとにかく詳しい。きっとこの絵の正体も知っているだろう。
資料No.R-99002 ネズミの絵が描かれた羊皮紙
調査のために預かったもの