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ナロウニア国立博物館物語  作者: 林育造
数々の素材
13/43

武器と防具

「イリアさん、お肉食べるんですか?」

「適正な消費量が理解できていれば、動物も植物も変わりないわよ」


 イリアが用意してくれた食事は普通に普段食べているものと大きな違いはなく、献立に肉が含まれていることに疑問を持ったセンテラの質問にイリアはあっさりそう答えた。


 生態系ピラミッドをエネルギー量で作成すると、肉食が如何に効率の悪い食事であるかはっきりする。森を守るものとして日常的に肉食することは非効率きわまりないが、既に存在する肉を放置する(食べない)こともまた避けるべきなのである。


 念のために述べておくと、ナロウニア王国には肉食のエルフは結構多い。それに、ゲオルグとナラニーにも菜食を強制するのは難しいだろう。

 さらに蛇足を加えておくと、イリアは酒も飲む。この夫婦の酒消費量は半端ないのだが、そこはイリア(じるし)の酵母菌とゲオルグの蒸留技術で何とかしている。似たもの夫婦である。



 ちなみに、センテラが「肉」と表現したのはカニ肉入りサラダのカニ肉である。もちろん、こんな森の縁でサラダに入れられるほどの大きさのカニが手に入るわけがない。


「ん……カニ? えっと、これってカニですよね」


 そのことに気づいた、気づいてしまったセンテラがよせばいいのにカニ肉っぽい何かについて質問する。


「あら、クラブじゃなくてクーブよ」

イリアはそう言うと、台所の方を指し示す。

「クーブ……ふえぇぇぇぇぇぇqあwせdrftgyふじこ!!」


 センテラは、新鮮な大型節足動物が苦手である。食器に入っていた分は調理済で生物的には新鮮でなくなっていたのだが、残された原料の一部はまだ新鮮だったのだ。出糸腺から得られる糸は貴重な素材になるのだから、料理に使ってしまうことはない。




「おい、センテラ」

「無理ぃ」

「センテラ、戻ってこい」

「無理ぃ」

「こら、起きろ。今度は武器の性能確認だ」

「う゛ー」


 センテラがややダメージを負った食事のあと、ケースケがいるのだからと武器と防具の性能試験につきあうことになった。案山子に着せた防具に攻撃しても、実際に使用する際の欠点は見えにくい。

武具の性能試験を室内でやるわけにはいかない。試しに刃物で叩いてみるのとはわけが違うのだ。場所は洞窟から歩いて数分、大森林から流れ出る川の河原である。


 ケースケが着せられているのは、オリハルコン製の全装備鎧兜(フルアーマー)。ゲオルグが目指すのは物理攻撃および魔術攻撃の無効化であるが、このアーマー、物理攻撃無効はほぼ達成している。同じオリハルコン製の長剣でもあれば少しは攻撃が通るかもしれないが、貴重な長剣が傷むことが判っていてこれに攻撃する者はいないだろう。


「まずは念のため物理攻撃からやってみるぞい」


 そう言ってゲオルグは魔鉄製の長剣を取り出し、軽く傍らの頭くらいの石に斬りつけた。石はほとんど抵抗なく真っ二つになる。ケースケは動じていないが剣の破壊力はかなりのものだ。この剣を売りに出せば家1軒よりは高く売れるだろう。


「そりゃっ」


 ゲオルグは鎧を着けたケースケの首の辺りに剣を振り下ろした。それを見たセンテラは一瞬「あっ」と声を上げそうになる。ケースケからはずっと何の魔力の放出も感じられず、それは即ち何の強化もせず、結界も張っていないということだからだ。


 カッ、と言う音にケースケの首が落ちたような錯覚に陥ったセンテラだが、勢いよく振られたはずの剣は首の所でピタリと止まっていた。


 鎧の性能もすごいが、全く動じることなく首の部分で剣を受け止めるケースケもたいしたものだ。ゲオルグの作る鎧の性能を余程信用していないと、ああいった受け方はできないはずだ。


「ふむ、次は受け止めてみてくれい」


 そう言うとゲオルグは大上段に振りかぶり、ケースケの頭めがけて再び剣を振り下ろした。


 ケースケは手を伸ばしてしっかり受け止めると、剣の刃を軽く握り込んだ。

「うん、結構動きやすいな」


 剣には少しヒビが入ったが、ゲオルグは気にしている様子はない。おそらくあっという間に問題なく修理できるのだろう。


「それでは鎚にいくぞい」


 ゲオルグは今度は大鎚を引きずってきた。種族的に力のあるゲオルグが引きずっているし、地面には深い溝が残っているのであの大鎚は人よりはだいぶ重いだろう。


「ふぬっ!」


 ゲオルグは気合いを入れると大鎚を持ち上げ、バットスイングのように振り回してケースケに叩きつけた。


 ドーーーンという音とともに大鎚を受けたケースケは、しかし何事もなかったように同じ場所に立っていた。


「ふむ、物理攻撃は大丈夫じゃな」

「ああ、うまく衝撃が逃げてるな」

「え、え、え。館長、どうして今ので全くダメージを受けていないんですか」


 鎧ばかり丈夫にしても、中の人間が必ず無事とは限らない。例えば丈夫な金庫に卵を入れ、高さ20mから落とせば金庫が無事でも中の卵は潰れるだろう。だから、このアーマーは理不尽な強度の攻撃にも着ている者(・・・・・)が耐えられるようにできているのだ。


「あぁ、これはマルテンサイト構造が作ってあってな、分子レベルで変形しながら衝撃を反対側に逃がすようにできているわけ……」


 何のことやらさっぱり判らないセンテラはポケッとした顔をしていた。


「そんなこと言われても判らんよな。嬢ちゃんにも防具性能を確かめて貰うかの」


 ゲオルグの指示で次はセンテラがアーマーを着ける。鎧による防御の経験はほぼないので、ダメージが通るかどうか良いサンプルになるはずだ。


「いいか、強化とか結界とか防御魔術とか一切やるなよ」

「は、はい」


 さっきから強力な防御性能を見ているので不安は少ないが、反射的に防御してしまいそうになる。


「いいですよー」

 鎧を着け終わったセンテラが声をかける、が。


「頭かち割るぞ。(メット)装着しないでどうする」

「あっ、そうだった」


 センテラは肝心の兜の装着を忘れていた。頭を守らなくてどうするのかと思うが、センテラはモンスターとの戦いしかしてこなかったので対人戦の経験がない。対モンスターでは一方的殺戮にしかならないので、センテラは特に防御の必要性を感じていないのである。それが兜の装着を忘れるという形で出てしまったようだ。


 だがそれを考えると、そもそもナロウニアで防具は必要だろうか?

 基本的にモンスターに後れを取らず、しかも丈夫な異世界人は死ぬようなことはない。一方、積極的にモンスターと戦わないナロウニアの住民はそうそう危険に遭遇しないだろうし、どこかの国との戦争状態にある訳でもないから、軍として戦うこともない。


 あれ? 防具なんて要らないじゃん。


 ともかく、結界を展開しないセンテラでも問題なく物理攻撃を防ぐことができた。次は対魔術攻撃性能の試験である。


 単発の魔術による性能試験は既に終わっているので、今日は複合で魔術を受けたときの効果を見るのが目的となる。折角なのでセンテラがファイアーボール、イリアがガストウィンド、ナラニーがサンダーボルトを一度にぶつけることになった。


 再びケースケがアーマーを装着する。


「いいぞっ」


 イリアのガストウィンドによって暴風が吹き荒れる。ガストウィンドはウィンドカッターと呼ばれているものではない。風圧は風速の二乗に比例するのだが、鎧に向けて使う場合には隙間から風を送り込み、内圧を高めて吹き飛ばそう(破裂させよう)とする魔術だ。鎧には必ず隙間がある(なければ装着者が窒息してしまう)ので、強烈なのをやられると本来大きなダメージを受けるのだ。風の強さもさることながら、この強風の中で普通にファイアボールを維持できるセンテラも大概(たいがい)である。


 暴風の中、ファイアボールがケースケに届いた瞬間、太いオレンジ色の雷光がケースケを直撃する。


「あーっ。あー。うん、体にダメージはないが、防御を何もしないと耳がつらいわ」

 風が止んだ後、平然と歩いてきたケースケがぽつりと漏らした。


 最後に、一応どこまで耐えられるかの実験である。つまり、ケースケが防具を装着して妥協や手加減なしでセンテラが攻撃するのである。例の巨大魔結晶を使って強化した風魔術をぶつける強度試験をやろうというのだ。火や土で同じことをやろうとすると地形が変わってしまうため、今回は風属性だけだ。森が吹っ飛んでも、わずかでも木が残っていてイリアがいれば、元に戻すのはそんなに難しくない。


「これ、本当に全力でやって館長無事なんでしょうか」


 結晶を握ったセンテラの顔色が変わる。そもそもセンテラの魔術は強力すぎて結晶の補助なんか必要ないし、結晶を使ったところで効果が出たかどうか見ただけでは判断できない。が、センテラ本人にしてみれば、少しは不安になる程度魔力の底上げができているようだ。


「嬉しそうだな」

「そんなことないですよ」


 ケースケはマジックトリップでも起こしそうなセンテラにボケをかますが、すでにセンテラは突っ込みを忘れている。


「アルカンの名によりセンテラが命ずる。風よ、まとまりとなり……」


 嬉しさを否定しつつも滅多にやらない本格的詠唱をするとは、言葉とは裏腹に相当気合いが入っている。センテラがアルカンと言っているのは、ハリケーンの語源となった一本脚で回転しながら暴風を起こす風の神である。慎重に制御しないと、ケースケが無事でも森がなくなってしまいそうだ。


「?」

 そのとき、ガサガサと音を立てて、ケースケの後ろに大蜘蛛(クーブ)がのっそりと現れた。


「い、嫌ゃぁぁあああーーーっ」


 風属性の大きな結晶を握ったセンテラから、本当に容赦のないガストがケースケの方に向けて放たれる。それは鎧の隙間どころではなく、ケースケに向かった暴虐的な空気塊だった。





「むむぅ、出糸腺が潰れてしまったのう」


 ケースケという弾丸で打ち抜かれた大蜘蛛は、完全にミンチになっていた。脚は形がわかるものが何本か残っているが、頭胸部も腹部も原形を留めていない。ケースケはと言うと、大蜘蛛の遙か後方、なぎ倒された大木の枝先に引っかかっており、鎧の腹部はベコリと凹んでいた。


「まだまだじゃな」

「あんな攻撃を想定するのは火山の噴火を自分だけで止めようとするようなものだ。考えなくて良いんじゃないか」


 ゲオルグの職人魂(無駄なこだわり)に呆れた声を返すケースケだった。


 検証実験の結果、ナロウニアにはセンテラのような何時暴発するか判らない危険で迷惑な異世界人が多いので、ナロウニアの民間人を異世界人の被害から守るために、民間人にこそ防具が必要である、と言う結論に達したのである。



「待て、次はエクスプロージョンを叩き込むぞ」

 帰ろうとしたセンテラに、ケースケから容赦のない指示が飛ぶ。






「ダメだったか、次は200発だな」

 人造ダイアモンドはできなかったようだ。


「む、無理ぃ~」


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