素材の作り方
センテラはダイアモンド合成のため、エクスプロージョン100発を叩き込むことになった
「それは後でやるとして、どれくらいの大きさになった?」
「おう、結構な大きさになったぞい。ケースケの言う単位で300カラットぐらいかの。イリア、持ってきてやってくれい」
「はい」
そう言ってイリアが持ってきたのは大きな結晶である。
「うわぁ、すごい」
センテラが言うまでもなく、結晶には大量の魔力が含まれていることが判る。
「館長、これって」
「うん、簡単に言うと、風属性の魔結晶だな」
自然に見つかる風属性の魔結晶は、大きくてもせいぜい50カラット、滅多に見つからない巨大さで100カラットくらいだから、この魔結晶の大きさがいかにとんでもないか判る。
「ど、どんなとこにあったんですか」
「いや、見つけたんじゃなくて作ったんだ。この夫婦でないと作れない素材というのが結構あってな。イリアは重力制御が得意な風属性の魔術師だし、ゲオルグは古いやり方にとらわれずに色々な試みで結果を出している」
「それも、ケースケの助言と発想があってこそじゃ。ケースケはどうやってこんなことを思いつくのか不思議じゃわい」
そこは転生者の知識ありき、である。
「この結晶はな、簡単に言えば風属性の魔術師であるイリアが種結晶をずっと持っていることで大きくなるようにしたものだ」
魔結晶はどこにでもできるものではない。ケースケとゲオルグはできはじめる原因があるはずだと研究していたのだが、どうやら結晶の核になる何かと成長させる魔素または魔力の濃度が必要らしいところまで究明した。しかし、そんな魔結晶ができるような環境にさらされては体が持たないし、ケースケでは結晶を成長させるには魔力が不十分だったので研究が頓挫していた。
そこへ、十分な魔力量を持つイリアが来たことで、核に種結晶を、成長にイリアの魔力を使って魔結晶の精製に成功したのである。
ただし、成長させる方法はお子さまには見せられない。
「じゃあ、センテラも居るから一度全部見せてくれ」
「うむ、ナラニー、あっちに出してある素材を全部持っていてくれ」
「うん、わかった」
ゲオルグはナラニーが持ってきた素材を次々に並べていく。
「まずは簡単に作れるやつからじゃな。これが炭化タングステン、こっちは魔鉄、オリハルコン……これは少し苦労したが、チタンとウラニウムの合金じゃ」
魔鉄やオリハルコンを簡単にできる方に区分するとは、このドワーフどういう感覚なのか。
炭化タングステンは非常に硬いが加工しにくく、あまり素材としては使われない。だがとにかく硬くて対摩耗性に優れており、密度が大きいので武器には向かないが防具としてはもってこいである。今のところこの大きさにしかできていないが、用途が特化しているということは目的に応じて方向性を定めやすく、却って素材としての優秀さが際だってくるので実用可能なところまで後一歩である。
一方チタンとウラニウムの合金は硬いが粘りもあり、こちらは武器特化型と言える素材で刀にすると非常に優秀である。しかし、チタンとウラニウムの密度が違いすぎて融かしただけでは混ざり合わず、不均質なものになって強度が出ない。しかもウラニウムは放射能を帯びており、もし飛散すれば使用者や環境に対して健康被害を生じかねない。それをこの夫婦はイリアが重力操作で原材料を無重量状態で浮かせ、遠心分離でウラニウム自体の放射能を低減させた上で合金にするというファンタジーならではの方法で合金を作っているのである。まだ健康被害の方の問題は完全には解決していないが、キュアポイズンの術式を組み込むことで可能かもしれないところまでできており、ゲオルグが融かしている間にどのように術式を組み込むか検討中である。確かにこの合金は、この夫婦にしか作れないだろう。
魔鉄やオリハルコンは原料が希少で精製過程は複雑だが、原料はケースケが簡単に集めてくるし、生成過程は既に方法が確立されているのでゲオルグにとっては何の問題もない。こうしてみると、簡単な方に入れられてしまうのは当然かもしれない。
「ところで、お二方はどうして夫婦になられたか聞いて良いですか?」
「私はね、森守の一族なのよ。でも、最近明らかに森の勢いが衰えてきたの」
エルフの最近なんて、何年だか判らない
「で、どうもその原因……というか、森が衰え始めたのが人間が増えてきたのに一致していたから、森の近くで人間見るたびに喧嘩売ってたわけよ」
森が衰退した原因に直接関わっていないのに、喧嘩を売られてはたまったものではない。
「当時のイリアは物騒な奴だったぞ。知り合いに頼まれて森の近くでキノコ探してたらいきなり吹っ飛はされた」
「でもそのあと返り討ちにあって、理由話したらそれは森の近くの人間ぶっ飛ばしても解決にならない、近くにリン鉱石があるんだから肥料にした方が良いって。でもリン鉱石なんてエルフじゃどうやって肥料にするか判らないし」
森というのは植物が大量に生長する場所なので、光と水以外にも生長量に相当する肥料が必要なのだ。だが一般的には、朽ちて分解された枝や落ち葉等の植物体と、森に住む動物から必要量の大部分が得られている。しかし、山の上の方だと降水・河川によって土中の成分が運び去られてしまい、外から何らかの形で補給が必要となる。それを自然に行っているのが川で魚を捕り、森で糞をするクマであり、川魚を補食して森で糞をするフクロウなどの猛禽類である。
だから、エルフは恵みをもたらしてくれる森を大事にすると同時に動物を傷つけないのだが、人間は川を遡上する魚を下流で捕ってしまい、クマや他の動物を減少させることで間接的に森を痛めつけているのである。しかたなく、肥料を追加することになるのだが……。
「方法まで教えたのに判らないって言うから、ゲオルグを紹介してやったんだが」
だからといって、エルフにドワーフを紹介するとは世の中を知らない奴である。
「ケースケにゲオルグ紹介された時はさ、何よドワーフじゃない、とか思ったけど。仕事は丁寧だし優しいし、よく見りゃいい男じゃない」
センテラはイリアの「いい男」の基準が判らないので黙っておく。
結局、ゲオルグが作った肥料を森に投入したことで、(エルフの)目に見えて森が勢いを取り戻したらしい。イリアはそれをきっかけにゲオルグとくっつくのだが、森を復活させてくれたとはいえドワーフである。一部のエルフからはやはり反対もあったので、森に近く洞窟の工房を併設できるこの場所に住むことにしたらしい。一部の偏屈を除きゲオルグは東の大森林のエルフに認められているのだが、他の森のエルフが訪ねてきたときに説明するのが面倒だろうということと、工房に籠もっている方が楽しいのでゲオルグが自分から森に入ることはない。
「もちろん、あと分析と練金も得意だよな」
この世界でウラニウムの精錬に成功している時点で明らかだが、ゲオルグはほとんどの物質を分析可能である。分析の方法と物質(ケースケに言わせれば元素)の性質を理解し応用することができるのだ。
エルフとドワーフの仲が悪い原因の一つに鉱毒がある。金属の精錬や鍍金によって発生する排水には重金属などが含まれ、周辺の土壌を汚染して生物にダメージを与えることになるのだ。だが、ゲオルグはケースケからの指摘で鉱毒の問題を理解し、排水処理を完全に行っているのである。その処理能力は高く、イリアに言わせると「飲むのはちょっと無理にしても魚が平気で泳げるレベル」であるらしい。
ここまでは良かった。それぞれ非常に有用な素材だろうし、使い途も多いだろう。しかしこの夫婦、やっぱりケースケの知り合いだった。
そう、さっきゲオルグは言っていた。石墨から暖かい服や鉄より丈夫な糸も作れると。
それって、石墨を石油製品にして使ってるってことでは……。
ドワーフの工房はよく話に出てきますが、排水処理は「浄化」一発で何とかなるものなのでしょうか
資料No.C-10122:風属性の魔結晶(大)
資料No.M-21472:炭化タングステン
資料No.M-10620:魔鉄
資料No.M-10631:Ti-U合金
資料No.M-20003:オリハルコン