洞窟の工房
ゲオルグがいるかというケースケの問いかけに「年に1回も出かけないんだから居る」と答えたエルフ。
「だろうな、それはそうと呼ぶ前にイリアが大森林側にいるのは珍しいな」
「あぁ、時々は光合成の「えっ、エルフって光合成できるんですか?」様子を……ケースケ、この慌て者の娘は誰だ」
おそらく「光合成の様子を見に来た」と言おうとしていたのに気づき、センテラは慌て者と言われているのも相まってか真っ赤になっている。
「あぁ、うちの学芸員でセンテラ・クレインという。それじゃあ下に下ろしてくれ。センテラへの紹介はゲオルグと一緒がいいだろう」
「わかったわ、センテラちゃん、こっちへ」
学芸員をやっている女性にちゃんもないものだが、エルフから見ればそんな感覚なのだろう。枝を降りていくと大木の中は6畳の部屋が余裕で入るほどの大きさで朽ち抜けており、内側に人が乗れるくらいの大きさの板が何枚か架かっている。イリアはその板を3枚無造作につかむと、大木内の空洞に向かって放り投げた。投げられた板は、水平になってフワフワと浮かんでいる。
「乗って」
「邪魔するよ」
「お、お邪魔します」
最後にセンテラが乗ると、自動昇降機(よろしく板は下降を始めた。
「わ、わ」
「慌てるな、イリアの重力制御は超一流だ」
底に着くと、根の中にも空洞が続いており、先はそのまま洞窟の入口になっていた。
「お母さん随分戻るの早かったじゃない。あ、ケースケさま」
センテラが声のした方を見ると女の子が立っていた。十代前半くらいの歳に見えるが、胸はセンテラより遙かに大きい。髪の毛は緑色を帯びており、額の両側、髪の生え際に指くらいの角が生えているのが見える。茶色っぽい革の上下を着ているが、虎模様のビキニでも着せれば似合いそうだ。
「よう、ナラニー、元気そうだな。ゲオルグを呼んでくれ」
「わかった、お父さーん」
「ちょっ、あの子オーガよね」
センテラは思わず身構えた。オーガの娘が父と呼ぶのなら、オーガの父親が出てくるのではないかと思ったのだ。先ほどエルフであるイリアをお母さんと呼んだことなどすっかり忘れている。
「ああ? ケースケが来たって?」
だが、そう言って出てきたのはドワーフだった。
「ゲオルグ、久しぶり」
「おう、ようやく来たか。あんまり取りに来ねぇから、素材に使っちまうとこだったぜ」
口ではそう言っているが、ずっと放置していても預けたものを使ったりはしない。そういう人物である。
「か、館長。この人たちはなんでしゅか?」
およそあり得ない組み合わせに、センテラはいつも通りこんらんしている。
「ああ、ゲオルグとイリアはナロウニアでも珍しいドワーフとエルフの夫婦だよ。ナラニーは、この夫婦の娘だな」
「エルフとドワーフの間の子どもってオーガになるんですか」
「そんなわけないじゃろ。ワシら夫婦はともかく、子どもはエルフとドワーフどちらの世界で生きて行くにしても苦労するのが判っていたんで諦めておったんじゃ。ナラニーは1年ちょっと前、ケースケから預かったんじゃ」
「館長?」
「いや、俺の娘ってわけじゃないぞ。
博物館のエントランス前広場にトラックの実物大模型が4台あるだろ?」
「うん、あの変なゴーレム馬車よね」
「そうだ、まぁちょっと改造はしてあるが。1年とちょっと前、あの荷台に隠れているところを保護して、この夫婦に預けた。通りすがりのオーガが勇者連中から逃がそうとしたらしいな」
「え、去年の今頃のオーガ事件と言ったら『漆黒』騒動よね?」
漆黒騒動というのは黒いオーガが出現した事件である。ナロウニアの住人である勇者達は何か恨みでもあるのか、同じ住人であるはずのオーガに対して攻撃を加え、追いかけ回したのだ。オーガは迎撃するでもなく、かつ建物に被害が及ばないように注意して(いるように見えるやり方で)逃げ回った。その過程で黒いオーガは連れていた娘を博物館のエントランス前に置いてあるトラックの模型の荷台に隠れさせたのである。
結局、周りの建物に配慮することなく破壊しながらオーガを追いかけた勇者連中は護民官にこっぴどくSEKKYOUならぬ説教を喰らい、漆黒と呼ばれたオーガはいつの間にか姿を消していた。隠れていた娘、ナラニーだが、彼女に依れば漆黒は叔父さんで、観光に出たものの追いかけ回されて逃げざるを得なかったらしい。彼女は連れられてきたので帰り方が判らず、ケースケの勧めでこちらでしばらく娘として暮らすことにしたのである。
「勇者連中はスライムからドラゴンまで何にでも向かっていくくせに、何かのトラウマでもあるのか不思議とトラックが苦手だからな。良い勇者除けになると思ったんだろう。
そんな知識を持っているところを見ると漆黒叔父さんも転生者だったのかもしれんな」
なお、漆黒はその後ナラニーの様子を見に博物館に来たのだが、ゲオルグ達に預けたというケースケの話を聞いて住人との触れあいが多くなった方が本人のためだろうと、ケースケに監督を頼んで帰って行った。その話を聞いたナラニーはそれからゲオルグの所で娘として作業の手伝いをしている。もっとも、ゲオルグとイリアが滅多に出歩かないので他の住人との触れあいが多くなったようには見えないのだが。
「まあ入り口で立ち話もなんだ。こっちへ入ってくれ」
そうゲオルグに促され、工房らしき所に続いている部屋に入る。居間なのかテーブルとイスが5脚並んでいる。イスは何と、折りたたみ式のようだ。ケースケが話している間にナラニーが出したのだろう。
部屋は洞窟内部と同じ石造りのトンネルで、暑さや湿気も感じず意外と快適である。天井には灯りがぶら下がっている。ただ、センテラが見たことがあるドワーフの作業場とは違って壁の一面に積み上げてある石組みがやたらと黒い。
「部屋の中に石炭が積んであって危険はないんですか?」
センテラは炭坑における粉塵爆発の危険性については良く知っている。炭塵や小麦粉をエクスプロージョン系の爆発に利用することがあるからだ。何もないところで爆発を起こすより、あるものを利用した方が楽なのは言うまでもない。
「これはどちらかというと石墨だな」
ケースケは積んである石組みから無造作に1つ取り出すとセンテラに渡した。
「これ、石炭じゃないんですか」
「石炭に含まれている不純物が抜けた状態じゃわい。燃やせんことはないが、そんな勿体ないことをするより素材として使った方が余程有用じゃ」
「これが、どんな素材になるんですか」
「ガハハ、それこそ何にでもなるぞい。ま、理論や作り方はケースケの受け売りじゃが、軽くて丈夫な防具やどんなところでも暖かい服、鉄より丈夫な糸。オリハルコンなみに硬い結晶も作れるらしいぞ」
「作れるらしい、って、作ったことはないんですか」
物作りの矜持にあふれるドワーフに向かっては少し言い方が良くなかったようだ。ゲオルグはムッとした顔で黙ってしまった。
「こらこら、センテラ。すまんゲオルグ、こいつは博物館の学芸員でセンテラ・クレインだ。失礼な物言いのお詫びに、あとでエクスプロージョンを100発ほど撃たせよう」
「ほう、お主でも20発が限界だったエクスプロージョンの連発をそんなにか。嬢ちゃんはすごいんじゃのぅ」
「え、はい、うえっ。ひ、100発?」
いくらセンテラでも、エクスプロージョン100発は魔力切れを起こしかねないギリギリの回数である。そのギリギリを把握している辺り、ケースケもよく見ている。
「ああ、それでもすごく硬い結晶はできるかどうかわからないけどな。大丈夫だ、ぶっ倒れてもちゃんと連れて帰ってやる」
「でも、そんな危ないことどこでやるんですか」
連れて帰ってもらえると聞いて安心したのかセンテラの興味……というか心配は次に移っている。こんな洞窟の中で100発どころか1発でも撃てば崩壊しかねない。
「それなら心配は要らんぞい。一度家を出た先にある一枚岩をくり抜いて作った実験用の縦穴でやるんじゃ。まだ罅も入っておらんし頑丈に作ってあるからあまり心配せんでもいい」
「そういうことだ。熱した石墨を穴に入れて、そのすぐ上でエクスプロージョンを連発すればいい。俺が先に20発叩き込んで見せるから、後を引き継いで同じように100発やってくれ。くれぐれも、石墨を燃やすなよ」
石墨:資料化の予定無し(資料庫に別標本が存在)