放課後召喚
私にとって今日は一大イベントの日だ。
周りにはママとパパにとお兄ちゃんとお姉ちゃんと弟の家族に、先生や先輩や友達のみんなが私を見守っている。私は一大イベントが始まるのをまだかまだかと楽しみにしている。
何事かというと、今日は私の初契約の日だ。
私の種族は悪魔で、一人前の悪魔は人間と契約し願いを叶える仕事をするのだ。もちろんタダで叶えるのではなくて、それなりの報酬はもらう!その前に悪魔が契約をはじめるのは悪魔学校の契約講義を完璧になってからだ。そうじゃないと悪魔法を破って罰則されてしまう。
それで昨日、私は悪魔学校の契約講義を完璧にした! そして、これからの契約で私は一人前の悪魔となるのだ。
*
「――頼むよ! 紫藤! 」
怒号ともいえる大音声に私の耳が痛くなる。ため息をこらえて振り向けば、つんつんに立つ黒髪と若干鋭い黒瞳。胸元が開いていて中から赤いTシャツが覗く様から、若干反社会的な不良のようにみえるが、それだけでどこにでもいるような男子生徒だ。彼はもちろん友人――ではなく、同じ部活の黒野がそこに立っていた。確かめるまでもなく黒野は困っており、その原因は私ではない。
「やだよ。 幽霊部員でもいいて言ったじゃん」
――だから入部したのに。はっきりと相手の頼みを拒否する。そんな私に向かって、黒野はギロリと視線を鋭くする。
「いいだろっ!? お前も部員なんだから! 少しくらい!!」
「部活には一切関与しなくていい。何もしなくてもいい。幽霊でそこに名前があるだけでいいって言ったから私は入部したんだよ」
きっぱりと答えて、後からそれが失敗だと気づいた。何故なら黒野は頬を引きつらせて憤怒の色で塗り固められてあり「俺は被害者でお前は最低な敵だ」みたいな顔をしているからだ。
「お前! 本当にそれでも部員なのかよ!? うっぜーな! 人として終わってんじゃん!! 」
「は? 」
「マジうぜー なんでこんくらいできねえんだよ! ブスは黙って俺の命令をきいてればいいんだよ! 続きは部室でいっってやるよ! 絶対来い!! いいなっ!? 」
お前、普段そんなキャラじゃないだろ。
そう言い返してやりたいが、私のキャラではないので沈黙する。関係ないことをいうと黒野は廊下に置いてあるゴミ箱を蹴り去って行った。ゴミ箱は浮き、綺麗な放物線を描いて廊下の窓から飛び出していく。
――そう、今は放課後の、みんなの帰宅時間。
私と黒野のやり取りを見て、同級生たちは何事かと静かに見ていた。そして掃除当番の生徒が気まずそうに一言。
「紫藤さん、悪いけどゴミ箱とりにいってもらえる? 」
「うん、わかった。 ごめんね掃除の邪魔して」
これは黒野のせいなのに、なんで私が……とは言わない。被害者面とかどこの悲劇のヒロインだよ。
「あと、紫藤さんて部活入ってたの? 」
「え、ああ。うん、帰宅部で」
黒野との会話を盗み聞きしてたんだから察しろよ、とは言わない。私は掃除当番の彼女に曖昧に答え、こみ上げる恥ずかしさを堪えて私は玄関へと急いだ。
ゴミ箱を教室に戻し当番の人たちに謝ったあと、私はオカルト研究会の部室へと行く。黒野の言っていることが約束した内容と違うため、先輩へ話を訊きに行くのだ。文化部室棟三階の左に曲って一番奥。日当たりの一番悪い教室。入部してから行ったことのない場所への道を意外にも覚えておりすんなりとついた。
「失礼しまーす」
やはり、異様な部屋だった。
ドアの隙間から、冷たい風が流れ出してくる。今の季節は夏で、空調を設定しているのではないことは知っている。肌に感じる湿度からここの部屋だけがずっと秋のままみたいだ。私はすぐに中へと入り、廊下と部屋を区切るドアを閉める。
そして部屋の内装。黒魔術師の地下室を思わず連想してしまうほど、随所には真黒な本に水晶や杖、髑髏など、あまり目にしない、したくないものがたくさんある。
「そろそろ来るかな~って思ってたよん」
部屋の主、オカルト研究部部長が部屋の置くの真黒な皮椅子に座したまま言った。顔にはこの部屋には似つかわしくないほどにへにゃらと頬を緩ませ笑っている。ツインテールに、薄汚れてはいるが高価そうなマント。その下には私と同じ制服。
「黒野のことなんですけど」
「ああ、うん。監督は私でね! ちゃんと黒野の台詞と表情のチェックは巧かったでしょん? もうイラっ! 怒ってます! ふざけんな! この男感情的すぎ! ってイメージしてみたんだよん! 最初は黒野も嫌々だったけどね! 最後には役者顔負けの演技で……」
「悪いけど長いするつもりはないです」
私は即答し、部長は手振りでちがうちがうと、示して椅子から立ち上がった。マントの裾が床につきずるずると動く。傍に置かれた木製の本棚、そこに納められている一冊の本を手に取り、私に手渡す。
「うん! 幽霊部員だもんね。 ごめんごめん。 用件はね、この本を読んでほしいんだ」
「うっわあ。埃すごいですね」
受け取ると、部長の手は埃まみれ。本の表紙には部長が触れた跡がはっきりとわかる。そして私の指にも埃がついた。そのままぺらぺらと捲る。本に書かれてあるその文字は、日本語でも英語でもない見慣れないものだ。オカルト研究部にぴったりの黒魔術の呪文の文字だ。私には怪しくて不可解な文字の羅列にしか見えない。
「うん! 気づいたらあったからねん! 」
私の言葉に、部長は笑顔でいった。私はそれに怒りと覚えると共にツッコミたい気持ちを感じながら、それらを必死に隠す。
気づいたらあったってなに! 放課後知らない生徒たちの前で罵倒して、ゴミ箱を拾いに行かせるのが全部演技とかなに!? 普通に呼び出してよ!!
「これはね! 魔法の本なんだよん!!」
ふてくされていると、部長がどこからだしたのかわからない、綺麗なマントを出してばさりと私にかぶせる。
「これで森川と私の悪戯を許してちょんまげ! 」
「謝罪するつもりないですよね。 それに森川はどこですか? 」
「森川は、さっきのことで羞恥と屈辱で家帰ったよん! 」
「実行する前に気づきますよね」
森川も私もおかげで、みんなの笑いものだ。
「うん! 」
「――……」
私は部長に言い返そうとして、しかし言葉を止める。本題からずれてしまう。もしこの時、言い返していたら、私は……。それはもはや謎だ。
「じゃ、家に帰ったら読みますね」
本の埃をぱんぱんと手で叩いて払い、かばんにいれようとして
「ふっふふ! 悪いけど部室で一人で読んでほしいんだよね! 」
部長がマントのフードで顔まで隠すように被り、ドアへと歩く。
「あ、そこにある木の杖使ってもいいから! じゃあね!」
「ちょっ」
待ってください。そう私が言い終わる前に部長は部室からでていった。追いかけて廊下に顔をだすけど、そこには誰もいなかった。
*
しばらくすると、私の足元に魔方陣が浮かび上がる。
「あ、私召喚されるみたい!!」
「あら、いってらっしゃい。 良い子にするのよ」
「おお! いってこい!! 」
「しっかり契約を完了しなさいよ!」
「おみやげ待ってるからな! 」
「うっかりミスすんなよ」
「うん! ありがとう!! いってくるねー! 帰ってきたらバフュルのデザートが食べたい! 」
みんなに挨拶をして、私は温かい陣の中に深く沈みこむ。温かい陣に安心する。遠のく意識の中。頬に召喚主の魔力の波に当てられる。なんだか天界の花畑にいるみたいだ。うっすらと目をあけると、ぼやけた視界では形がぼんやりとしか認識できないけど、召喚主はとても優しい人間だとわかった。
*
部長に頼まれて、謎の怪しげな本を読む。こんなもの読めるわけがない。ただ文字を目で追うだけだ。正直に言えば帰りたい、が私は子供の頃から年上の人の言うことは訊くようにしつけられてあり、どうしても、とくに困ったことではなければ了承してしまうのだ。もちろん善悪の判断はついてあるから無理なことははっきりという。だからなのかその癖はなかなか抜けないのだ。
それからしばらくしておかしなことに気づいた。暗くなっているはずの部屋なのにあれ、部屋明るくなった?
だけどそう思ったのは、ほんの一瞬。私はすでに別のことに関心一色だった。
「は?」
言って、私は椅子から身を立ち上がり振り替える。部室の中央付近。床には謎の紋様の絨毯が敷かれてあり、その紋様が淡く光りだしたのだ。そして紋様は上へと浮かび上がり、宙に一定の位置で丸まる。私はその光景に注視した。
光の中で人型の影が見える。これ、なにかのファンタジー召喚?! 頭の中で知り合いの言葉がよぎった。たしかにこの部室ならなにかの仕掛けでありそうだけど、それくらい目の前に映る光景はおかしすぎるのだ。
薄紫色の淡い光に包まれている人は、重力を無視してふわふわ浮いている。
*
世界は一瞬で反転し、静かな場へと変わる。
私を包む陣はほのかに光り、召喚が完成すると、消散していく。完全に消えるのを確認し、二度目に目を開けるとそこは暗い部屋だった。
電灯が切れているのか、魔力の使いすぎで灯りをだせないのか、それとも最初から無いのか、その室内には灯りはなかった。部屋にある灯りは窓を覆う布の隙間から差し込むわずかな明かり。
うっすらとみえるのは人間の少女だ。真黒なマントを上から羽織、フードを深く被っていて顔がみえない。彼女が私を召喚した術師だろう。
「新米悪魔の私に召喚サンクス! キミが私を召喚したんだね? 」
陣のあった場所から離れて、少女へと寄る。浮きながら彼女の後ろへまわり彼女の肩を抱く。少女は召喚術書を片手に持ち固まったままだ。悪魔の私が可愛すぎる魅力にやられて何も言えないのだろうか。
「そんな黙りこけてないでさあ。 なにか言ってよー! 契約しようよー それとも新米だから止めようとしてんのー? 」
もしかして、でてきたのが新米だから怒ってる?
「こうみえても私はけっこう優秀だよ? 私のパパは天使のママを落すほどだし。 お姉ちゃんとお兄ちゃんは召喚ひっきりなしだし、弟だって悪魔学校を最年少の主席で卒業したからね! 」
「……っ」
彼女が息をのんだ。私の優秀な家族の話をきいて、心の中であふれんばかりの歓喜状態なのかもしれない。
上級悪魔の先輩やお母さんにお父さんお兄ちゃんお姉ちゃんに弟から、召喚した人は老若男女問わず外見を魔法でいじっている人間もいるって聞いているのだ。彼女の見た目は若い少女だし。
「おーい」
彼女の年齢確認のために私は指を伸ばして彼女の頬をちょい、と突く。すると指した指は弾力でぷにゅりと跳ね返された。彼女も私と同じように若い。
*
光の中から、長い紫色の髪を一つに束ねている、雪みたいに白い肌の美少女だ。いや、美少年かもしれない。とにかく美少女で美少年すぎて、なおかつ肌も髪も特徴的であるけど、より印象深いのは瞳の色。彼、彼女の瞳は紫色なのだ。透明感と深みを合わせた、さながら上質な宝石のようだ。
どことなく動きがぎこちなく、ほやほやしている。とりあえず目の前の彼女の格好を観察してみる。背中には黒色の蝙蝠のような羽根があり、足元が浮いている。ぼーっしてるとと彼女の口が開いた。
「新米悪魔の私に召喚サンクス! キミが私を召喚したんだね? 」
「そんな黙りこけてないでさあ。 なにか言ってよー! 契約しようよー それとも新米だから止めようとしてんのー? 」
彼女は言いながら、背中の羽根を動かして浮き私の肩を抱く。
そして、私の脳はフリーズした。
フリーズとはfreezeであり、凍ること。凍らせることである。そして、コンピューターが停止してしまうことだ。よくある例はパソコンで調べごとやゲームをしてたら画面が固まること。とにかく、今の私の思考はそんな風に止まっていた。
いきなり現れたときでフリーズしなかっただけよかったと思う。
えーっと。彼女はなにを言っているのかな? あれ。私はどうしてここにいるんだっけ? 目の前の彼女は自分で悪魔とかいってるんだけど?
考察その一
たんなるコスプレ。
考察その二
ドッキリ
考察その三
本当に悪魔
考察その四
頭がお花畑の人
考察その五
私は本を読んでいるうちに寝ていて、今は夢の中
私としては、考察その一のたんなるコスプレと考察その五の夢の中がいいと思う、だけど
「こうみえても私はけっこう優秀だよ? 私のパパは天使のママを落すほどだし。 お姉ちゃんとお兄ちゃんは召喚ひっきりなしだし、弟だって悪魔学校を最年少の主席で卒業したからね! 」
「……っ」
何いってんの、このこ。
「おーい」
彼女のひんやりと冷たい指が頬をつんつんとつつく。その感触はまぎれもなく考察その五を打ち消し、そもそもワイヤーも天井に仕掛けがないのに浮いている時点で考察その一と考察その二と考察その四は除外されていたのだ。
残念ながら回答は考察その三の本当に悪魔、のようだ。
彼女は興味津々に楽しそうに私の頬をつついたままで、蝙蝠に似た羽根をパタパタ動かして浮いていた。
*
「ねえーってばああ! 起きてよー?」
「……ん」
その聞き覚えのない声に呼ばれて、私の意識は覚醒した。知らない人に起こされることはないため、瞼をとじる。そして次の瞬間。
「ねえーーーーー! 起きてよ!!」
「うわああああああああああああああっ」
いきなり耳元で叫ばれ、驚いて、私は後ろへ後ずさった。そんな奇声をだした私を彼女はひどく驚いた顔をし、一瞬で笑顔で私を見る。
え、なんで彼女がここにいるのか? そもそも彼女は誰だっけ? 私の知り合い? というか何で私は彼女を見てこんなに驚いているのか。
寝ぼけている頭はぼんやりとしか動かず状況の整理がつかない。とりあえず何があったのか記憶を辿ろうとして、先ほどあったことを思い出した。ボン、と何かが爆発しちような音とともに、私は自分の顔が熱くなって、熱が全身にまわっていくのを感じた。
やばい……。これはまずい。
明らかに許容量の限界を超えた異常発熱だ。心臓はばくばくして、混乱していた頭がさらに混乱を深くしていく。
「もう! ほんと困るよねー! 新米だからって甘く見ないでよねー。他の悪魔ならみんな待たないで帰ってるんだよー?」
「……あ、そう」
困った困ったといった顔のまま、しかし彼女は私にむかって手でぱたぱたと仰いでくれる。それで私の混乱は少し治まるはずが……同じように彼女の背中に生えているものを見てしまい混乱してしまう。今彼女の全身を見るのはいけない。羽根だったり爪だったり髪だったり……と混乱していき耐えられない。
とりあえず落ち着こう。
彼女の美少年とも美少女ともとれる顔、のアメジストのような瞳をみる。落ち着かなければ、話をすることができず、この状況を理解することができない。そう思って深呼吸して、さっき暴れたせいで舞い上がった埃を大量に吸引してしまい
「ぐほっげほっごっほげっほっ!」
途端に私は咳き込んでしまい、落ち着くどころの騒ぎではなくなってしまう。
「……あっちゃあー、だいじょーぶ? 」
「げっほぐっは……あ、りがと……もうちょっと、まっ」
心配そうに尋ねてくる彼女は私の背中をさすり、私は咳き込みだす。
とりあえず、咳き込んで、ようやく私は混乱も咳きその他もろもろ落ち着いたのだ。
これ以上に変に考えてはいけない。話が進まなくなる。
「ふう。うん落ち着いた。背中さすってくれてありがとう」
私にそう言われて彼女の手は止まった。浮かべる表情は不可解そうな、意味がわからないというものだった。
「もーこんなに待たす人はじめてだよ」
「……ごめん」
「まーいいけどさあ。さ! 契約しよう!!」
彼女は私の手をとりばんざいするように上へとのばした。だから意味がわからない。
読んでくださりありがとうございました!