第捌刻 〈静かな夜にコツリとヒール音〉
ワタシは彼と一緒に歩いている。マスクもなしで。
口裂け女のようなワタシが人と手を繋いで歩ける日が、ましてマスクなしで外出できる日が来るなど、一体誰が想像しただろう?
あまりの歓喜に、今にも踊りだしてしまいそうだった。
「鞠奈」
彼の甘い呼び声に、私は足を止めて彼を見た。
すると、その瞬間唇を奪われる。
驚きと恥ずかしさでワタシが真っ赤になっていると、彼はいたずらっぽく笑ってワタシの手を引いて歩き出した。
彼と出会ってすぐの頃は並んで歩くことさえ嫌がっていたワタシは、たった一ヶ月ばかりで大きく変わった。
顔を合わせるたびに「キレイだよ」と囁かれ、街灯の少ない道ならわかりやしないよ、という言葉に誘われて、ついにワタシは深夜の公園へマスクなしで出て行ったのが最初だった。
彼の言う通り、夜の公園には誰もおらず、ワタシは人目をはばかることなく過ごすことができた。
そのことで自信のついたワタシは、どんどん積極的になっていった。
とはいえ、まだ昼間にマスクなしでの外出はできないが。
コツリ、コツリとワタシのハイヒールが一定のリズムを刻む。その隣には、優しい彼が寄り添ってくれている。
これが幸せというものなのだと、ワタシは久しぶりに思い出していた。