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十刻ノ月  作者: 牧田紗矢乃
伍ノ日
49/50

第玖刻 〈イタイ痛い居たいと泣く声〉


「……う、ぎ……っ?」


 喉の奥から搾り出したような、奇妙にひしゃげた声が幼女の口から漏れた。そして、彼女の動きが止まる。

 彼女の顔に目があったとしたら、大きく見開かれて驚きを示していたことだろう。


 剥き出しになった歯をそのままに、幼女は一歩、二歩と後ずさる。当惑したような師の面持ちから、彼女の行動が師の攻撃とは関係のないものだということが窺えた。

 幼女は胸と腹の境目辺りに手を当てると、低く呻きながら前かがみに姿勢を崩した。

 呼吸が荒く、背負ったランドセルが大きく上下に揺れ動いている。空気を取り入れることで必死の口からは、唾液が糸を引きながら滴り落ちていた。


 ――何だ……?


 どう見ても彼女は正常ではない。正常でないことは確かなのだが、一体何が彼女を苦しめているのかは全く以て分からなかった。


「ぎッ……、や、やめてッ」


 幼女は悲鳴を上げて懇願した。何かに怯えている。だが、その対象が分からない。


「痛い、痛いッ! ごめんなさい……、ごめんなっ……いやァァァッ! ……ッグ」


 ひときわ低く呻いたかと思うと、彼女の身体が光に包まれる。まるで、太陽にでもなったかのようなまばゆさだ。

 体の内側から溢れ出すような閃光に、目を開けていることさえも困難だった。


 ひとしきり光の暴走が治まると、黎は恐る恐る目を開いた。

 幼女がいたはずの場所には、彼女が背負っていたランドセルだけが残っている。


 がしゃり。


 聞き覚えのある音が聞こえた。黎の視界に、見覚えのあるシルエットが映った。


「主……?」


 狐に連れて行かれた、あの学校で出会った影だけの骸骨だ。


 ――ここは彼の居場所ではないはずだが、なぜ?


 疑問に思いながら、がしゃがしゃと動く骸骨の影を見つめた。骸骨は迷いもなく幼女の背負っていたランドセルに向かっていく。


「黎、あいつを知っとるのか」


 いつの間にやら隣へ来ていた師が問いかけた。黎は骸骨の影から目を離さずに頷いた。


「さっきの狐、あれに連れられて行った場所で会いました。異空間の学校の、主だそうです」

「お前……、あんなところへ連れていかれたのか」


 師の口調は何かを知っているようだった。黎がそのことについて聞こうとした時、がしゃり、という骸骨の音が黎の言葉を遮った。

 骸骨は、ランドセルを拾い上げた。ランドセルのカバーが動き、中から何かが顔をのぞかせる。

 骸骨は、それを素早い動きで再びランドセルの中へ押し込めた。中身が出ないように留め金をしっかりと留めると、ランドセルはふわりと宙へ浮いた。


 地面に視線を落としていた黎は、骸骨がランドセルを背負うのを見た。彼の体躯にはいささか小さいようで、肩が大きく後ろへ引かれる姿勢になっている。しかし、そこは骨だけの身体の利点だろうか。骸骨は気に留める様子もない。


 一瞬だけ見えた、ランドセルの中のモノ。あれがさっきの幼女の本体だと、黎は直感的に理解した。


 がしゃり、がしゃり。

 骨のぶつかる音がして、ランドセルを背負った骸骨の影は公園から去っていった。その姿は、少しだけ滑稽だった。


「……終わった?」


 誰かが口にして、そこでようやく緊張が緩んだ。

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