第捌刻 〈肉の塊の元は〉
狐が女の子に飲み込まれてから、しばらくの間沈黙が続いた。
誰一人として口を開く者もない。
今となっては、何をするために現れたのかも分からない闖入者によって、時すらも止められてしまったかのようだった。
――……あ。
黎の瞳の奥が微かに揺れた。
狐も鴉もこの公園に来てしまったとなれば、黎が出会った少女は正真正銘の一人きりで住宅街に残されたことになる。
この辺りで最も危険な相手は今まさに目の前にいるのだから、彼女の身を案ずることはない。それでも、少女が不安の中で黎と狐の帰還を待っていることを思うと胸が痛んだ。
狐はかなり弱っていたとはいえ、すぐに死んでしまうほどのモノでもなかった。それなのに、あの幼女の姿をした化け物に一瞬にして飲み込まれてしまったのだ。
もう、生存は絶望的だろう。
黎は表情に表すことのできない感情を胸の中に収めつつ、鋭い眼差しで女の子を見つめた。
「ふふっ……。で? おじさんたちはあたしをどうするつもり?」
挑発的に幼女は笑う。
黎は眼球の動きだけで師の姿を捉えたが、到底話しかけられる雰囲気ではなかった。
黎は、沈黙したままで師の答えを待つ。その答え如何によっては、黎自身も行動を起こすつもりでいた。
だが、そこに訪れたのは一切の静寂である。
人の息遣いや、衣擦れの音など、人間がそこに居ることで発生する音もしなければ、風の音さえも聞こえない。
痛いほどに無音だった。
「おじさん、聞いてるの?」
あまりにも長い沈黙に、気分を害したように彼女は言う。顔の真ん中に張り付けられたような口が、不機嫌に歪んでいた。
それを見た兄弟子たちは、不味そうな表情を浮かべたり、師へと懇願の眼差しを向けたりしている。
皆、得体の知れない幼女が恐ろしいのだ。
黎だって、できることなら彼女から早く離れたかった。
「ふーん? あたしを無視するんだ。ひっどい」
吐き捨てるように言うと、女の子は師に向かって一歩踏み込んだ。
――子供の一歩だ。どんなに頑張ったところで、進む距離はたかが知れているはず。
そんな黎の甘い考えは、一秒も絶たぬ間に打ち壊された。
ぽん、と軽く踏み切っただけで、その身体は弾丸のように師に向かって突撃していった。
「危ないっ!」
黎を含め、数人から声が上がる。その時には、幼女の身体は中空へ舞い上がり、大きな口を開けて師を丸呑みにしようとしていることが見て取れた。
「ああぁっ……」
思わず顔を手で覆ってしまう。しかし、好奇心が指の隙間から見える光景を認識させた。
大きく開いた口に、師が放った光の槍が突き刺さる。槍がぶつかった衝撃で幼女の首は大きく後ろへ傾いだが、振り子のようにすぐに元の位置へ還って来た。
そして、鋭い歯が標的に向けて襲い掛かった。




