第陸刻 〈トンネルの先で逢いましょう〉
どれだけの間、意識を失っていたのだろう。
ゆっくりと目を開いた時、おれの前には不安げな彼女の眼差しがあった。
薄く眼を開け、鼻先を押し付けるようにして頬ずりをする。
何とも弱々しい動作だったが、彼女を安心させるには十分な効果が得られた。
――しかし、まだ居るのカ。
右斜め上、彼女の方にとまる一羽の豆鴉に唾でも吐きつけてやりたい気分になる。彼女はそんなおれのことを知ってか知らずか、一層強くおれを抱き寄せた。
自然と、おれの身体は鴉に近づく。
下品な一つ目がおれをじっと見つめた。おれを見て、嗤っているような気さえする。
苦々しい気持ちでいっぱいになったおれの元へ、計り知れないほどの力の波が押し寄せてきた。
場所は……そう遠くない。恐らく、あの少年が向かった場所だろう。
随分と嫌な気だ。禍々しく、ドロドロとしている。
けれど、おれにはその『気』に覚えがあった。
「……あの、女の子が……」
彼女がそう呟いた。
普段ならそういったものに気付くことのない彼女にも分かるほどだ。やはり相当な力を持っているのだろう。
「そうだネ。きっとアイツだヨ」
――今のおれには関係ないけどナ。
そう続けるか続けまいかを悩んだが、あまり彼女の心証害してはいけないと自重する。
そして、傍らの鴉に目を向けた。
「コイツを使えば、助けられないこともなイ。どうすル?」
「えっ……?」
驚きと訝しさが混ざったような面持ちで、彼女はおれと鴉を交互に見る。
「助けに行かないといけないくらい危ないの?」
「恐らくネ。貴女にも分かるほどの力ダ。あの少年が行ったところで何もできなかろうヨ」
「そんなっ……」
困惑の表情を浮かべる彼女に、おれはそっと囁いた。
「大丈夫サ。おれも行ク」
か弱い彼女をここに一人で残しておくのは気が引けたが、そうする他ない。
非常に不快感を伴うが、おれは彼女の方にとまる鴉の足に噛みつく。
「さあ、飛ぶんダ」
おれが念を飛ばすと、鴉はその小さな羽を目いっぱい広げて羽ばたいた。
案外と力強いその動きに安心感を覚えつつ、振り落とされてしまわぬよう顎の力だけは決して抜かない。
先の見えないトンネルのようなこの運命を乗り越えられたら、再び彼女と幸せに過ごすことができるのだと信じて、おれは鴉の向かう先にいるであろう敵を思った。




