第伍刻 〈公園の片隅で泣いている子供〉
公園の柳の木の下に“ソレ”はいた。
黎が今まで相手をしていたモノの何倍もの禍々しい気が押し寄せてくる。
仲間の内に無傷の者はおらず、皆が息を切らせて“ソレ”を取り囲んでいた。
“ソレ”は、何てことはない。小学校の低学年程度の見た目の子供だ。赤いランドセルに、おかっぱ頭をしていることから女の子なのだろうということが見て取れる。
他に目立つ特徴と言えば、彼女がしている狐の面だろうか。それのせいで表情が分からず、うつむいて手を目元へあてがっている仕草で泣いているのだろうかと予測するのが精いっぱいだった。
とはいえ、体の小さな子供。大人たちが寄ってたかって攻撃しているとなれば、道徳的によろしくない場面だ。
「師」
黎はその中でもひときわ傷の少ない男の元へ駆け寄ると、耳打ちをした。
足元には、何やら複雑な線が引かれている。
それを踏まぬよう細心の注意を払って歩みを進めると、教えられた配置についた。
黎が配置についたことを確認した仲間たちが一斉に術を唱え始める。
その声は大きなうねりとなり、辺り一帯を包み込んだ。
まばゆい光が弾け、黎は目を閉ざす。
幼子相手にこのようなことをするのは気が引けたが、師が言うのだから仕方がない。それに、仲間たちを手負いにしたのがあの幼女だというのだから気を抜くことはできなかった。
ようやく光が治まると、そこには小さく蹲る子供の姿があった。
――なんだ、大したことはないじゃないか。
そうとでも思ったのだろう、安心しきった様子の仲間が彼女に歩み寄っていくのを見て、師が声を張り上げた。
「止まれぇぇぇぇっ!!」
一喝されて、ビクリと足を止める彼。その姿が、大きな口に一飲みにされる。
やけにスローモーションに見えたその光景に、黎は開いた口を閉めることを忘れてしまった。
女の子のお面が砕け、破片が辺りに散乱している。初めて見た女の子の素顔は、大きな口だった。
顔の真ん中に、毒々しいほどの赤い唇がある。それだけだ。
目も、鼻もない。
異様に長い舌が、顔全体を舐め回すように大きく動いた。
げふぅ、と大きなゲップをすると、目のない顔でぐるりと一周見渡す。
仲間たちが体を固くするのが分かった。
――“コレ”を、一体どうしろと言うのだ。
全員が全員、そう思っていることだろうことが、手に取るように伝わってくる。
黎はギリ、と歯を食いしばると、目の前に立つ敵の姿を睨み付けた。




