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十刻ノ月  作者: 牧田紗矢乃
伍ノ日

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44/50

第肆刻 〈いつの間にか出られなくなっていた〉




 闇から浮上した時、おれは元の住宅街にいた。

 力の入らないおれの身体を、愛しい人が抱きかかえてくれている。至福の瞬間であるが、おれには彼女のぬくもりが感じられなかった。


 ――そこまで弱っちまったとはナ。


 内心毒づくが、そんなことでおれの体力が戻ってくるわけもなく、うっすらと瞳を開くだけでも難儀だった。

 これ以上彼女に心配はかけられない。

 そうは思うのだが、体が言うことを聞かなかった。仕方がないので彼女の言葉に耳を傾けていると、どうやらあの少年と言い争いをしているらしいことが分かる。


「……けひ、いがみ合いは醜いヨ」


 何事もないかのように嗤いながら、おれは二人を諌めた。

 しかし、その声もかなり掠れていたかもしれない。


「お前、さっきはよくも……」

「……すまなイ。そういう事をする気はなかったんダ」


 怒り、詰め寄ってくる少年。それもそのはずだ。おれは謝罪することしかできなかった。


 ――おれの警戒が足りなかったばっかりニ……。


 後悔の念が募るが、それを言葉にするほどの体力も残っていない。彼女の腕の中で、項垂れるようにぐったりとしていることしかできなかった。

 そんなおれの態度に腹を立てたのか、少年はおれを摘み上げる。

 それにすら無反応なおれは、少年の言葉を一字一句とて聞き逃すまいと耳をそばだてていた。


「お前の言い分を聞いてやる。簡略に話せ」

「けひ、言われなくとも分かってるサ。……おれも、もう永くない」


 そう告げた時、彼女の心に悲しみが湧き上がるのを感じた。


 ――ああ、離れていても心は通じるのカ。


 少しだけ、喜びを感じる。それと同時に、申し訳なさもあった。

 けれども、これが事実なのだ。

 彼女にも伝えておかねばならない。


 薄目を開けて彼女を見遣った時、全身の毛が逆立つのを感じた。


 そこに、真っ黒な鳥がいる。――一つ目の、鴉だ。

 それに気づいた少年は「大丈夫だ」と声を掛けてくるが、おれは大丈夫ではなかった。

 あんなもの、今のおれにとっては脅威以外の何ものでもない。

 地面に横たえられた後も、彼女の腕に再び抱かれてからも、逆立った毛が元に戻ることはなかった。


 おれがようやく落ち着いたのは、その鳥が紙っぺらに変わってからだ。

 だが、安心できたのも束の間で、少年は彼女に鳥を託すとここを離れていってしまった。


 ――待テ! これを置いていくナ……。


 叫ぼうにも声は出ず、おれは意識を手放すことで恐慌から逃れることにした。

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