第肆刻 〈電柱の陰に居たのは〉
「隠れてないで出ておいでよ」
黎は電柱の陰に居るその人影に声をかけた。
声を掛けられた少女は、ビクリと肩を震わせてゆっくりと顔をこちらへ向ける。
その顔は美しく整っていて、赤く潤んだ瞳がいたいけだ。
「あ……あのっ、私のこと、視えるんですか?」
涙を拭うと、少女はゆっくりと立ち上がる。
風を纏ったスカートが、ふわりと広がった。その少女からは、噂に聞くような悪意など微塵も感じられない。
本当にコレがそうなのか?
黎は一瞬自分の目を疑った。しかし、伝え聞いていた特徴の全てがこの少女に当てはまる。
頬に残る涙の後は、夕焼けの光をほんのりと反射して一層悲壮さを感じさせる。
「キミの名前は?」
「えっと……」
黎が問いかけると、少女が困ったように眉を寄せた。
「分からない?」
「……はい。何だか、靄がかかってるみたい」
ぽつり、と漏らした彼女に、黎は曖昧な返事をする。
こういう状況に陥りやすいのは、長い間彷徨っているモノや“成りたて”のモノだ。
少女はそのどちらでもあるようで、どちらでもないようだった。
正確な判断がつかないうちは今後の対応も決めかねる。
彼女に関する情報を得るため、黎は更なる質問を投げかけた。
「じゃあ、キミは自分がどんな存在か知っているかな?」
「へっ?」
可愛いなりをしているからと下手に出れば、思わぬ抵抗をされる危険がある。
あくまでも、高圧的に。それがこういうモノと対峙する時の心構えだ。たとえ相手がどんなに大人しそうでも、どんなに可愛らしくても、そこは変えてはならない。それが掟だ。
黎は師から常日頃そのように言って聞かされていた。
「キミは自分が死んだことに気付いているかって聞いてるんだよ」
柔らかな語調とは裏腹に、凍てつくような無表情。
そこからはどんな感情も読み取れなかった。
戸惑った様子の少女に、黎は確信する。
――彼女は自分が死んだ事実をおぼろげにしか認識していない。
それでは話が始まらない。となれば、彼女がここにいる理由を聞き出すのが先か。
「質問を変えよう。キミは、どうして泣いていたの?」
「それはっ……」
少女は口を開きかけて、考えを改めたように再び口を閉じてしまった。
「いいよ、話して」
黎が促すと、少女は恐る恐る話し始めた。