第伍刻 〈柳の下で待っている〉
女の子は、小さくて愛らしい口をそっと開く。私はその一挙一動を見逃すまいと目を皿のようにして彼女を見つめた。
「おねーちゃんの居場所はここだよ。あたしは柳の下にいる。帰りたかったらあたしの所へおいで」
妖しげに笑うと、女の子は可愛らしく身を翻して跳ねるように闇の中へ姿を消してしまった。
慌てて追いかけようとしたけれど、なぜか足が動かない。いや、正確には動くけれどある一定の場所から先へ進めなかった。
どうやら、私が移動できる範囲は女の子と出会った電柱から半径十メートルほどらしい。
もちろん、その十メートルの中に彼女が言うような柳の木はない。
この空間に閉じ込められたのだと気づくまでにそう時間はかからなかった。
私の前を幾人もの人が通り過ぎる。
私は人が来るたびに「すみません」と声を掛けた。助けて下さい、とも言った。
けれども、足を止めて話を聞いてくれるような人は一人もいなかった。
皆一様に私の存在を無視して歩き去ってしまう。
時折私の存在に気づいて目を向けてくれる人もいたけれど、面倒そうに顔をしかめて通り過ぎられてはそれ以上に声を掛けることはできなかった。
日増しに私は自棄になっていった。
気付かれないならば、気付いても無視されるならばこっちだって考えがあるんだとばかりに、突然物陰から車道へ飛び出してみたり、足を掴んだりした。
それでも、私に気付かずに私を跳ね飛ばしていくトラックや、手を踏みつけて歩いていく小学生がほとんどだ。
たまに私に気付いて驚いてくれる人がいる。そのびっくりした顔をみることだけが私の唯一といっていい楽しみになっていた。
歪んでいる。
自分でもそう思った。けれど、もう止められなかった。




