第肆刻 〈鏡の中に連れて逝く〉
「ここは?」
仄暗い部屋を見回せば、たくさんのソファーが並べられている。
正面にはカウンターがあり、ここが何らかの施設の待合室らしいということは認識できたが、それがどこなのかは全く以て分からなかった、
「病院サ」
姿無き声が答える。
言われてみれば、病院と思えないこともない。しかし、同時にここが病院であると思わしめる確固たるものが見当たらなかった。
――何だ、何が足りない? 何がおかしいんだ?
黎は周囲へまんべんなく視線を這わせる。
患者がいない。白衣の医者がいない。優しい看護師もいない。病院独特の消毒液の臭いもない。健康増進を呼びかけるポスターもない。
無いもの尽くしだ。しかし、それだけではない。
黎の頭をよぎる、一つの可能性。それを、ゆっくりと口に出した。
「……使われた痕跡が、ない」
廊下もソファーもカウンターも、分厚く埃を被っているがそれを除けば新品同然だった。傷一つない美しさ。
「それがどうしタ」
当然のことのようにソレは言った。
どうやら、ここもソレが作った空間の一つのようだ。
「ルールは? 前と同じか」
それならば、と黎も調子を合わせる。
「あれは飽きタ。看護婦を探しナ」
「それだけか」
「あァ、それだけサ」
なぜか釣れない様子で言い放つと、ソレは姿を消してしまった。
取り残された黎は、明かりを求めて壁に取り付けられたスイッチを押す。
すると、建物全体が光に包まれた。
あまりの眩しさに黎は顔を覆う。しばらくすると、蛍光灯が二、三瞬いて普段の明るさに戻った。
それを確認して、黎は廊下へと足を踏み出した。




