第弐刻 〈電波が届かない〉
「ひっ……」
私は咄嗟に身を引いてしまった。
異様に白い肌に、細くつりあがった瞳。頭には二つの突起状のものが真上に向かって伸びている。――あれは、角だろうか。おまけに怪しげな白塗りの化粧まで施された奇妙なその女の子の顔に、私はそれ以上声が出せなかった。
「……あれ? おねーちゃん、お面怖いの?」
からかうような調子で笑う女の子に、私は恐る恐る視線を少女の顔に戻す。
彼女の人間離れしたその顔は、よく見てみれば狐を模したどこにでもあるような面だった。
暗い夜道で、しかも街灯の薄ぼんやりとした光の下で見たせいでそれが何かの化物のように思われたのだ。
「……なんだ、お面なの……」
気抜けしたように呟いて、私は肩の力を抜いた。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」
「えっ?」
唐突な言葉に、私は反応し切れなかった。
「知らないの? ……バカなんだね」
さも可笑しげに言う女の子は、年に似合わず難解な言葉が好きなようだ。
「知らないってわけじゃないけれど……。本、好きなのかな? 難しい言葉も知ってるみたいだし」
私が問い掛けると、女の子はお面越しでも分かるくらいに不機嫌そうなオーラを醸し出す。
無言のままお面の眼窩から送られる視線に、冷や汗とも違ったようなヘンな汗が噴き出すのを感じた。
「……やだね」
「えっ?」
唐突な女の子の言葉に、私の脳味噌は対応しきれなかった。
ぽかんと口を開けて彼女を見た私は、相当な間抜け面をしていたことだろう。
「ちょっとでも難しいことを言えば、すぐに『本が好き』だなんて決めつけちゃってさ。馬鹿も休み休み言ってよね」
辛辣な意見に、私はごめんなさいと頭を下げてしまった。
「それで? おねーちゃんはあたしに何の用なの?」
小首を傾げる仕草は、先ほどまでの奇妙な雰囲気をかき消してしまうくらい可愛らしい。
「うーん、用か……」
何気なく声を掛けてしまったため、そんなものは存在していなかった。けれど、何か言わなければいけないという気持ちにはなる。
「……ここ、どこかな?」
的外れのような気もしたが、これが私の気になっていることなのだから仕方ない。
できるだけ柔らかく問いかけたのだが、女の子はお面の裏で苦笑いを浮かべているようだった。
「ほら、これを見ても分からないんだ」
携帯電話のGPS機能を起動しようとしたが、圏外のため現在位置は表示できません、の文字が画面に映し出されていた。それを女の子にもわかるように見せる。
私の困り顔に同情してくれたのか、女の子がゆっくりと口を開いた。




