第拾刻 〈深夜に赤いランドセルを背負う少女〉
――……あ、れ?
ここ、どこだっけ。
私、誰だっけ。
頭が激しく痛む。何だか、鈍器で殴られたような痛みだ。
頭を手で探って確かめたが、それらしき傷はない。それでも、頭の芯まで響くような痛みは引かず、奇妙な感覚に襲われた。
見知らぬ町の、見知らぬ通り。記憶も何もかも失った私は、ただ呆然としたまま辺りを見回した。
暗く静かな住宅街で、街灯だけが光をもたらしている。
今の私の視界に映る景色からは、現在の時刻が深夜なのであろうということくらいしか窺い知ることはできない。人や車どころか、猫や虫といった生き物の類すらもいない、閑散とした通りの真ん中に、私は一人でポツリと佇んでいる。
不気味という言葉がまさに適当な光景だった。
恐怖心をこらえながら、ゆっくりとその場から歩き出す。
「誰か……いませんか?」
いるはずがない。そのことは頭では分かっていた。
けれど、静か過ぎるこの場所で自分以外の生命の存在を求めてしまうことは仕方がないことだろう。
「おねーちゃん、誰?」
不意に返って来た幼い声に、思わず飛び上がってしまう。
私の背後、十メートルほど離れた所に、赤いランドセルを背負ったおかっぱ頭の女の子が私に背を向けた姿で立っていた。
「……もう、最初にあたしを呼んだのはおね―ちゃんでしょ?」
不満げに言葉を続けるその子だが、背を向けているために表情は一切分からない。
それにしても、背を向けたままの相手の反応まで分かってしまうとは鋭い子だ。
私は苦笑いしながらも女の子に歩み寄った。
「ごめんね。私、あなたがいるとは思わなかったから」
慌てて取り繕いながら、あと数歩という所までに迫ったその子が思いのほか小さいことに気がつく。
私の胸よりも低い身長。だとすると、小学校の低学年くらいだろうか。
「……別に、いいけど。で、おねーちゃんは何しにココへ来たの?」
憮然とした女の子の口調に、最近の小学生はませているんだな、とちょっとずれた感想を持ちつつ彼女の態度が気になる。
「ねえ、お話する時は相手の顔を見るのがルールじゃないかな」
極力優しい言い方になるように気をつけながら、私は女の子の肩に手をかける。
「あー……、そうだね!」
朗らかな声で言った彼女は、くるりと可愛らしく回った。
体をこちらに向けたことにより、私と対面する女の子の顔は、人間のそれではなかった――。




