第玖刻 〈見つめた先にはナニかが居た〉
「ねえ、コレっ」
少女が突然、少女が悲鳴に近い声を上げた。その瞳は、足元を凝視したまま震えている。
そこには、赤い双眸が、こちらをじっと見つめるように浮かんでいた。
「……っ、この野郎」
黎はとっさに足を振り上げて、それを蹴散らそうと試みる。
しかし、目玉は霧散するだけで声すらも発しなかった。
すぐさま札を生成するが、それを見た途端に姿を眩まされてしまい、ソレを捕らえる事はできない。
無意味ないたちごっこを続けるうち、この空間がものの数分程度で完全に消滅してしまうほどに消え去ってしまっていた。
そのことに気付いた瞬間に、黎はソレを追いかけるのをやめ、この異様な空間から抜け出すことに専念しようと決めた。
「けひ? オ前は何を考えているんダ」
耳元に囁きかけられ、黎はとっさに肩をすくめる。
それを無視して空間のひずみを探していると、僅かに崩壊の速度が遅くなったことが分かった。
「逃げ出そうなんて、考えてないよナ? あの娘はともかく、オ前は逃がさないヨ」
声と共に、目に見えない膜が黎の体を包み込んだ。
それにすぐに気付いて、黎は舌打ちをする。
硬度の高い結界よりも、柔軟な膜状の結界の方が遥かに厄介だ。力任せに押し破ることも叶わないし、じっくりと時間をかけて処理をする時間すら黎には残されていない。
おまけに、あの少女は結界の外にいるために手を触れることさえできない。
少女は、驚愕の表情を浮かべたまま闇の中へとずるずる引き込まれていく。
黎はそれをただ見つめることしかできず、ぐっと唇を噛み締めた。
「何てことを……」
「言ったろウ? 『遊ぼう』ト……」
その言葉に、黎の体が一層硬さを増した。
そういえば、色々ありすぎて記憶から吹き飛びかけていたが、確かにヤツは言っていた。
“遊ぼう? おれと、遊ぶんだ。おれが勝ったらオ前をもらう。オ前が勝ったらおれヲあげるヨ?”
意味深に笑みを浮かべる相手を前に、黎は強張った表情でそのセリフを反芻する。
「そうダ。よく覚えていたナ。褒めてやるヨ?」
けひけひと卑しい嗤い声を漏らし、黎の周りをくるくると浮遊する双眸。
その動きが、ぴたりと止まった。
「オ前は見つけられたのかナ? 人体模型の欠損品。それとも、おれの勝ちかネ?」
ぐっと詰め寄られれば、黎は身を引くことしかできない。
しかし、その背後までも柔らかな結界の幕で遮られているため、ふにゃりとした違和感が黎を包み込むばかりだった。
ぞくりと悪寒が走る。
――もう、逃れられないのか。
諦めに近い表情で、黎はうつむいた。その時――。




