第壱刻 〈血眼が見つめてくる〉
伸ばした指の先すら見えない暗闇の中、ぽう、と二つの光が浮かび上がった。
黎の顔と同じくらいの位置にある紅く丸いその光は、まるでガラス玉か何かのように透き通っていて……――言葉も失うほどに美しかった。
意図せずともその光に目を奪われてしまった黎は、それが瞬く瞬間を見逃さなかった。
「けひひ……」
その光の元から、聞き覚えのある気味悪い笑い声が聞こえた。
「……っ!」
黎は咄嗟に身を引いてソレから離れる。
「逃げたって無駄だヨ。ここはおれの空間ダ」
後ずさった黎の、すぐ後ろから声が聞こえた。
ハッとして振り向けば、僅か二十センチメートルほどの距離の所にあの紅い瞳が爛々と輝いていた。
そんなっ……。
黎の顔が驚愕に引きつる。空間を創造するなど、そう容易に行うことができる行為ではない。
黎の師であっても、その土地との《相性》がいい時にしか行えないというのに……。もしや、あそこがコイツにとってのその場所だったのか? そうだとしたら、黎はまんまと相手の策にはめられたことになる。
「オ前に一つ忠告だヨ。いくら考えてモ馬鹿の脳みそはたかガ知れてル。余計なことはするナ」
耳元で囁く声の主は、紅い目玉以外確認できない。体の輪郭も、闇に埋もれて分からなくなっていた。
そんな中、黎はがむしゃらに手を振り回して攻撃を試みる。
しかし、その手はただ空を切っただけで手ごたえはなく、目の前の紅い瞳は水面に映る景色のように揺らぎ、ぼやけて見えなくなった。
それと同時に何かに躓いて黎は前につんのめる。
「あっ……」
「痛っ……」
黎のものではない声も聞こえた。可愛らしい少女の声だ。
足元を見遣れば、先ほどまで体をナニかに支配されていたあの少女が横たわっていた。
黎は彼女に手を差し伸べて立ち上がるのを手助けする。
「馬鹿だねェ。おれ様に勝てるわけがないのニ」
嗤いと哀れみが混ざった声が黎を包むように響いた。やはり、肉弾戦では戦うことすらできないようだ。
黎は腰に巻きつけたポーチから数枚の札を引っ張り出し、静かに目を閉じる。
空気が張り詰めるのが感じられる。皮膚の表面がピリピリと痺れるようだ。
「ナ……ナニをする気ダ」
姿なきソレがたじろぐのが、空気の動きから読み取れる。黎はその問いに答えることなく精神を集中させた。
「悪しき霊を封じ込めよ」
念を込めた札が、意志を持った生き物のように黎の手から滑り出した。