第拾刻 〈目を瞑っても駄目だった〉
「……アナタ、何なの?」
目の前に鎮座する、得体の知れない獣のようなものを見つめてワタシは投げかける。
そうすることで、幾分か気が楽になったようにも思えるから不思議だ。
静かに紅い瞳を向けるソレは、音もなくワタシのすぐそばまで近付いてきた。
ワタシは体を動かすことも、目を逸らすことすらもできずにただ見守り続ける。
「……る、ヨ」
「え?」
低い囁きは、こもった喋り方のせいでほとんど聞き取れなかった。
ワタシが目を白黒させている間に、ソレが眼前を覆いつくす。
全身がいうことを聞かず、声も出せなかったワタシには、僅かに重心を後ろに逸らすことがやっとだった。
あんなに大きな動物に飛び掛られたら、その衝撃で床に叩きつけられることだろう。それだけじゃない。もしアレが鋭い爪や牙を持っていたら、ワタシなんてひとたまりもない。
戦慄に目を閉ざすが、一向にその衝撃は訪れなかった。
代わりに、胸の辺りが内側からポッと暖まっていくような不思議な感覚に陥る。
――これは……何?
気がつけば動くようになっていた手を、そっと胸の上に重ね合わせる。
トクン。
ほんの一瞬、ともすれば勘違いで済まされてしまいそうなほどにか弱い鼓動が感じられた。それは、ワタシのものではない。
違和感はなく、むしろ幸福感すらもたらすその鼓動。
ワタシは何とも言えぬ気持ちになって目を閉じた。
――気に入ったヨ。
頭の中にそんな言葉が浮かび上がる。一体、何が気に入ったのだろう。
――お礼に、一つダケ願いを叶えてやろウ。何でもいいゾ。
ちょっぴり生意気なソレに、私はほんのりと笑みを浮かべて思考をめぐらせる。
願いかぁ。何がいいかな? やっぱり、アレかな。
「ワタシの願いは……――別の顔が、欲しい。傷のない顔が……」
――分かったヨ。じゃあ、目を閉じテ。
その声に従って、私はそっと瞼を下ろした。




