第玖刻 〈男か女かもわからぬモノ〉
黎の頬を玉のような汗が伝う。
少女やこの土地の主と出くわしてからどれだけの時間が経ったのだろう。
一時間かもしれないし、ほんの五分程度かも知れない。どちらにしろ、状況が何も変わらないままで時間だけが過ぎ去っていることだけは確かだ。
このまま拮抗していても何も始まらないと踏んだ黎は、思い切って目の前の少女に切り出した。
「お前、そこから出て来い」
「どういうことダ」
少女が不思議そうに首をかしげる。
「こんな言葉も分からないとはな……。その借り物の体から出てきちんとした姿を見せてみろってことだ」
黎は、強気で相手を挑発しにかかった。
そのせいでどれほどの代償が必要になるかは判らない。しかし、今の姿のソレを相手にするよりもはるかに戦いやすくなることだけは確証が持てた。
「……けひ、マサカこのおれ様にそんな口を利くとはナ。だが、それハ断るヨ」
少女は渋い顔をしたが、それ以上に何かをする様子はない。
平坦なその態度に、黎の方が苛立ちを覚えそうになる。それを表には出さないように気をつけながら、視線をゆっくりと彼女の顔に動かしていく。
すると、苦しげに顔を歪めながら呻きを漏らしている姿が目に入った。
それがあまりに突然の出来事で、黎には目の前で起こっていることが把握できない。
「……なん、だ……?」
訝る視線を少女に向ければ、その表情が段々と薄れていくのが手に取るように分かった。
あの皮肉に満ちた嗤いを湛えていた口元は静かに結ばれ、紅い眼光は元の黒味がかった茶色に戻る。そこに、先ほどまでの禍々しい気は消失していた。
「……っ、ん?」
小さく顔をしかめて、少女が目を開く。
「ここは?」
あどけないその問い掛けに、黎は緩みかける気を再び引き締め直す。
――これも、アイツの作戦かも知れない。
「……覚えてない? キミが連れてきてくれたんだけど」
けひひ、という嗤い声が返ってくるのでは、と危惧したが、そんなことは一切なかった。
「私が……あなたを? あなたが私を、の間違いじゃ……」
困惑を隠しきれない様子の彼女に、演技をしている気配はない。そのことが示すのは――。
「――戻ったのか」
「戻っ……、た?」
「……ん? あ、いや。何でもないよ」
ぽかんとして黎を見つめる彼女に、慌てて手を振って否定する。
どうやら彼女が覚醒したことにより、性別すらも分からぬアイツは、その意識の奥深くに再び沈み込んでいったようだ。こうなれば、下手に手出しもできないだろう。
がしゃり。
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、存在すらも忘れかけていたこの土地の主が動いた。
ソレの姿が見えているのか、少女はただでさえ大きな瞳を更に見開いている。
がしゃ、がしゃり。
骨が音を奏で、視界が黒に染められていく。
――空間から、弾き出される。
直感でそう分かったが、だからと言って黎に何か抵抗できるわけではない。
“仲間”ではなくなったと見なされてか、黎の隣にはあの少女も寄り添っていた。