第肆刻 〈見えないモノと見えるモノ〉
学校の中を徘徊し始めて、小一時間ほど。さすがの黎にも疲れの色が見え始めた。
――と、がしゃり、がしゃりと奇妙な音が聞こえる。
黎は廊下の角に身をひそめ、そこへ向かってくる何者かを待ち受けた。
徐々に近付く物音だが、その姿は一向に見えてこない。せめて影だけでも見えてきてもよい頃なのに、だ。
そして、姿なき何者かは結局姿を現さないままで黎の目の前を通り過ぎて行った。
それを自覚したのは、これまで近付いてきていた例のがしゃがしゃという音が、今度は次第に遠ざかり始めたためだった。
黎は好奇心を抑えきられずに柱の陰からそっと身を乗り出した。
まだあの足音が聞こえる上、ここは直線の廊下だ。身を隠す場所などないはず。
もしかしたら校舎の暗闇に紛れて見逃してしまっただけなのかも知れない。目を凝らせば、輪郭程度は確認できるだろう。
自分に言い聞かせて目を凝らしてみたが、廊下の先には何もいなかった。
――おかしい。
黎は何度も己の目をこすった。
黎に〈視〉えないモノなどないはずなのだ。
若いながらも、ずば抜けた才能を持っていた黎。その能力を買われてこの任に就いているのだから、視えないなどあってはいけないこと。
焦燥に駆られた黎は、思わず物音のする方向へ走り出していた。
がしゃり。
重い音がして、ソレ止まる。ソレとの距離は、恐らく十メートル圏内。
勘付かれたか?
一瞬黎の中で後悔が沸き起こるが、もう後戻りは出来ない。逃げ出そうにも、あの手のモノは自在に先回りしてくることが多い。
散々翻弄されて捕まるのが関の山だろう。
短時間でそこまで思考をめぐらせた黎は、腹を括ってソレのいる方へ足を進めた。